2013年12月31日火曜日

2013 年

2013年は、総じて、悪くなかった年であったと思う。
2010年、11年、12年は個人的に、
実に大変な3年だったし、
特に12年は膝の怪我等、
最悪に落ち込んだ感じがあったのだが、
13年は、少し、すべての面で
回復の兆しが見えてきたと思っている。


2013年に初めて一緒に共演した人達。

Francois Moutinーーー超強力ベース。
Steve Littleーーーーーエリントンとやってたなんて知らなかったドラマー。
Joe Farsworth ーーーー勝手に縁がない人だと思っていたのに。
Marcus Gilmoreーーー勝手に縁がない人だと思ってたのが。
Andromeda Turreーーお父様とは何度か演奏した事がありましたが、まさか娘さんとも。
Satoru Ohashiーーー長年知ってるのですが、仕事は初めてだったかも。彼最高です。

2013年に読んだ本。

Zen and the Art of Piano by David Wolff
 ーーーーーーーピアノの事を何も知らない気分にさせられた。
 今年はこの本とHtml講座の本しか読んでないかも。
  
2013年に始めた事。

自分の演奏を録音して聞き直す事。
ーーーーーーー学生時代にやっていた事をまた普段からやり始めた。
どんなGigでもレコーディングしているかのような気分になって、
音楽に集中できて、聞き直しては反省できた。

2013年の印象深い出来事。

ボストンマラソンテロ事件とレッドソックスの優勝。
ナイジェリアに2回行った事。
大渋滞にはまり5時間かけてミッドタウンから家に帰った事。
 

2013年のさくら。

1月にようやく歩き始めたかとおもったら、
12月にはすっかりぺちゃくちゃ話をする子になった。

2013年に可能性があったが実現しなかった事。

英国のとある有名シンガーのツアーの仕事。
アメリカのとあるシンガーのブラジルツアー。

2013年にやろうと思っていて出来なかった事。

自分で自動車のタイヤ交換。ーーー指怪我しそうだしなぁ。
自分のバンドのライヴ。ーーーーーやらなくなるとなかなかやれなくなるものです。
                2014年にはなにかできるかしらん。  
曲作りーーーーーーーーーーーーー2013年は不作であった。2014年に期待。
                                 

そんなわけで、来年もいい年になりますように。








2013年12月20日金曜日

通勤地獄

12月15日(土)。
Sleep No Moreの演奏の仕事があった。
普段は、車で向かう。
20分から30分程で着く。
しかし、この日は、大雪。
危ないので車で行くのをあきらめ、バスと地下鉄で行く事にした。

私は今、New Jersey州Fort Leeという、
George Washington Bridge(以下GWB)の橋の近くの街に
住んでいるのだが、NYへ行くには、
このGWBをバスで渡って、
そして175丁目の駅から地下鉄Aトレインを使って
マンハッタンを南下していく。

夜中の1時30分頃、家路についた。
深夜のニューヨークの地下鉄は、
走っている本数が少なくなる。
駅で長い時間、電車の来るのを待たなくてはいけない。
しかも、日中は、快速であるAトレインは、
深夜は、各駅列車になってしまう。
 因みに、GWBを渡るバスは
深夜1時30分以降は走っていないのだ。
175丁目を降りて タクシーを呼ばないといけない。

結局、この日家についたのは、3時40分頃。
2時間以上かかったのだ。
 
 12月16日(月)。
とあるクリスマスパーティーでの演奏の帰り。
キーボードとアンプ持参の為、車で来ていた。
ミッドタウンのブロードウェイ近くの51丁目の
駐車場から家路に着いたのが夜の7時7分。

普通、30分から1時間弱で家に帰れる距離だ。

ところが、この日、
私の運転史上最悪の渋滞にはまった。
 
私は今、New Jersey州Fort Leeという
George Washington Bridge(以下GWB)
の近くの街に住んでいる。

通勤の際、必ず、GWBを使うのだが、
この日、緊急の修理工事をしていた。
GWBは2階建てで、この日、
上の階の橋の4車線中3車線が閉鎖されたらしい。

橋に向かうすべての道路が激しく渋滞した。
2時間以上かけて120丁目に到達した時に
私は、これは、相当やばい渋滞であることを認識した。

『あぁ、Uターンして、ミッドタウンにある
Lincolnトンネルを使ってNew Jersey州に渡ろう。』

しかし、この時、すでに遅し。
運転手は、皆、同じ事を考える訳で。
Lincolnトンネルに入るまでに
とんでもない時間がかかった。

ガソリン足りるのだろうか。。
膀胱はなんだか破裂しそうだ。。。

 ようやくにしてトンネルを渡り、
New Jersey Turnpikeという有料の高速道路を使った。
GWB近くの出口を出てすぐのガソリンスタンドに行く。

そこが、なんと大混雑。
ガソリン入れるのも
トイレに入るのにも
行列ができていた。

おそらく皆、同様の境遇に
見舞われた被害者だ。

結局、家に着いたのが、夜12時をまわっていた。

なんと家に帰るのに、5時間もかかったのである。

おそらく、はじめから、Lincolnトンネルを使えば、
だいぶ早くに帰ってこれたのかもしれないと
思ったが、後の祭りだ。

車で5時間。

 ニューヨークの通勤地獄をなめてはいけない。

2013年12月10日火曜日

Bayelsa, Nigeria その6 見た映画

父親業を始めてから、映画を見るのは
飛行機に乗っている時だけになったかもしれない。

飛行機に乗ると、
寝てる場合ではない、映画を見なくては、
みたいな気持ちになる。

今回、NY-Paris-Port Harcoutという
およそ片道7時間の飛行機旅で見た、
映画名と簡単な感想を見た順に記録。

Hang Over III --------チャウ凄すぎ。まだまだこのシリーズ続くのかしら。

Oblivion---------------何故かトムクルーズが出てるとあまり面白くなくても見てしまう自分がよくわからない。

Pacific Rim-----------ゴジラ2013年版みたいな。楽しめた。

Wolverine-------------日本の観光協会がスポンサーになっているかのような。楽しめた。

Elysium --------------まぁまぁかなぁ。

Now You See Me---かなり面白かったっす。

乱------------------------フランス語吹き替えで、英語字幕だった。武満徹の音楽。
                                贅沢!
                                実はあまり黒沢映画を見た事がなかったのだが、これを機に
              色々見てみたい。 

The Great Gatsby ----まぁまぁかなぁ。

以上、ナイジェリアツアー日記終了。



Bayelsa, Nigeria その5 Old Friends & New Friends

今回のツアーメンバーは、この最近の
レギュラーメンバーが私以外参加できず、
ギターに、パリ在住のセネガル人、Herve Samb。
ベースは、パットメセニーユニティーグループの
Ben Williams。
ドラムに、現在のチックコリアバンドのMarcus Gilmoreであった。

私がSomiの初めてのショーに参加したのが
2004年の4月。その頃、Herveが
Somiの音楽監督であった。
彼とは、アメリカツアーやアフリカツアーで幾度となく
時間を共にした。
彼に会ったのはおそらく3年ぶり。
この間、お互い、一児の父親になった。
今回の再会、私はとても嬉しかった。

Benとは、これまで何回か共演したことがあったのだが、
今回、こうして旅をするのは初めて。
Marcusとは、ツアー3日前のNYでのリハーサルが初対面。
今をときめく若手スターとのツアーに
なんだかすっかりおじさんとなってしまった感のある私、
少なからず興奮した次第。

その4に書いた通り、今回実際に演奏したのは
20分ばかりしかなかったのが心残りではあったが、
この2人、実に凄いということがひしひしと伝わった。
おじさんも頑張ろう。
また何か演奏機会があれば嬉しい。

右からHerve, 私、Marcus, BenとツアーマネージャーのAlexandria。


Bayelsa, Nigeria その4 Bayelsa Jazz Festival

今回は、12月7日に行われた、
Bayelsa Jazz Festivalに出演するための
ツアーであった。

この街の、観光事業の目玉として
行われた第一回目のジャズフェスであった。

今までの自分のアフリカ体験からの
予想に沿うかのごとく、
やはり、物事は、時間通りには進まず、
あらゆる所で、不都合が生じた。

Somiバンドのサウンドチェックは昼の12時の予定が、
おしにおして実際に行われたのは夕方6時。
しかもラインチェックのみ。
ボーカルマイクのチェックさえなかった。

フェスティバル予定開始時刻は7時であったが
実際に始まったのはおそらく9時くらいか。

Somiが本番会場入りしたのは結局夜の12時。
しかも、会場するなり、運営側から、
トリを努めてくれないかと打診があった。

因みに、このジャズフェスの目玉は、
Hugh MasekelaとFemi Kuti。
Somiは、後ろから3番目の順番であった。

ところが、話をきけば、
この日、Bayelsaの市長が会場に来ており、
彼とその取り巻きが早く、家に戻りたいという要望があり、
ただでさえ、進行が遅れているために
はやくHughとFemiを出演させてご機嫌をとりたいという
事だったらしい。

Somiは出演順番の移動を断った。

ジャズフェスの進行の遅れは、
Somiに責任はない。
それに、Femiの後に演奏した場合、
お客さんは皆帰ってしまって、
会場の無人の椅子の前で演奏する可能性が高い。
長旅のあげく何のために演奏したのか
よくわからなくなる。

最終的に両者妥協してHughバンドを先に
次にSomiそしてトリはFemiということになった。

Somiの出演時刻は結局深夜1時過ぎに。
もともとSomiは45分のショーを予定されていた。
ところが、 ジャズフェス側は、一刻もはやく
Femiを演奏させたいばかりに、
ステージ脇から、Somiが演奏中、たえず
『まいてまいて!!』の指示を送っていたという。
(私は、気づかなかった。)
3曲目を終えた時には、
『ステージ降りて!!』の指示が出ていたらしい。

Somiは憤慨してもう一曲だけやると宣言。
その演奏中、ステージ場に、謎の男が現れる、
怪しげにSomiの横に並んで踊った。

Somiは、驚きと呆れと、もしかして
身の危険も感じたのかもしれない。
歌うのを止めた瞬間もあった。

その男は、ステージに座り込み、
ねそべり、ポーズをとった。
会場のプレス陣が一斉にその男の写真をとった。
警備員が現れ、その男を取り押さえ、ステージから
降ろした。

もうショーどころではなかった。
Somiは切れた。
私も、なんとも失礼な話だと思った。
結局、演奏した時間といえば20分も
してしなかったかもしれない。

Somi控え室にもどって運営者に
涙の抗議。
SomiのCDにも参加して、
親交のあるHughが現れ、両者をなだめる。
あぁ、アフリカ!

気の毒なショーとなってしまったことは
残念でならない。

会場控え室にてHugh MasekelaとHerve Samb

会場控え室にてFemi Kutiのダンサーと。

Bayelsa, Nigeria その3 シャワー

今回宿泊したのは、
政府関係者が主に宿泊するような
場所であった。

Wi-Fiがあった。
食事も一日3食支給された。
ACもガンガンに効いていた。
ただし、シャワーに問題があった。

シャワー口からの水量が弱く、
しかもお湯がでなかった。

身体がすぐに冷えた。
満足に洗えなかった。
床にはミミズが這っていた。

今回の旅は、実際のところ、
移動時間が長いだけ(およそ計25時間)で、
宿泊は2泊のみ。

私は決断した。

今回の旅は、
旅に出る前の身体に、
フケとアカと悪臭をためこんで
帰宅した、初めての機会となった。

Wi-Fiがあれば、どんな所でも
心に平安が訪れる私であったが、
もしこのツアーがあと2日延長していたとしたら
たとえWi-Fiがあったとしても
私の心はどれほどに乱れ、
私の身体と髪の毛はどれほどかゆみを覚えたか、
想像に難い。


Bayelsa, Nigeria その2 マシンガン

アメリカ合衆国では、よく
その銃社会について規制すべきかどうかの
喧々諤々の議論になるが、
ナイジェリアのような国だと、
しっかりとマシンガンで守ってもらえないと
身の危険にさらされるようなのだ。

今年の3月のSomi tourの際にも、
Port Harcourt空港から演奏会場に向かう際、
マシンガンを抱えた傭兵が
バンドの移動車の助手席に座った事に
驚きを禁じ得なかったが、
今回もその例に漏れず。

バンド移動車が3台。
その前後にそれぞれ傭兵4人ほどのせた
パトロールカーが走る。
もちろん、それぞれのバンド車の助手席には
傭兵が座った。

道路のコンディションはいいとは言えず、
夜道を2時間も移動しなければならない状況で、
やはり、こうしたマシンガンによる
警護が絶対必要な国が世界にはあるっちゅうことですかねぇ。




Bayelsa, Nigeria その1 イエローカード詐欺

12月7日(土)に行われた
Bayelsa Jazz Festivalに
Somiバンドの一員で演奏。

NYからParis経由でPort Harcourtへ。
そこから車でBayelsaという街へ。
なんだかんだ自宅から25時間くらいかけて
到着した事になる。

Port Harcourt空港は
現在立て直し中で、
ほったて小屋みたいな所が入国審査室であった。
預け荷物の受け取り場所には、
ベルトコンベアーはなく、
飛行機からトラックに積み込まれたスーツケースが、
人力で運び込まれてきた。

パスポート審査を終えた後、
カウンター越しに係員から、
『Yellow Card、please!』
と話しかけられた。

国によって、入国の際、
黄熱病のワクチン接種歴を証明する
イエローカードの提示が義務づけられている。
ナイジェリア国は、私、今回で
3度目の訪問なのだが、
いままで、提示を求められたことはなかった。

私は、今回、幸いにも、イエローカードを所持していた。
それを見せ、問題なしとされ、私は、預け荷物受け取り場に向かった。

ところが、今回バンドメンバーのうち、
2人がイエローカードを持って来ていなかった。
彼らは、係員にそれぞれ60ドルを払って
イエローカードを手渡された。

その時、 2日前に前乗りして現地入りしていたSomiが、
空港まで我々を迎えにきた。
すぐさま、今、かくかくしかじかで、
イエローカードをもらったんだ、という話になった。
Somiは、
『私が入国した時には、そんな話はなかった。
だいたい、イエローカード提示義務はないはずだし、
 いったい誰に支払ったの?』

『いや、だからあの人に、、、』

と振り返ったカウンターに
人影がなかった。

だいたい、イエローカードというのは、
政府に指定された医療関係者からしか
もらえないのだ。

案の定、もらったイエローカードの
紙質は、自分の持っているものにくらべて
劣悪なものであったし、そもそも、
黄熱病ワクチンを接種していないのに関わらず、
適当な日付が入ったスタンプがおされてある有様。

冷静に考えれば、おかしいことだらけなのに、
あまりに突然、事が進んだばかりに、
あたかも、イエローカードがないと
入国拒否されるかという恐怖感を利用した
立派な詐欺だったらしい。
見事としかいいようがないのだが。

Bayelsa, Nigeria

2013年12月1日日曜日

Michelle Walker North Carolina Tour

先週、歌のMichelle Walkerのミニツアーで
North Carolina州に行ってきた。
 寒さが厳しくなったNYに比べこちらは
だいぶ気候がよろしく
ジャケットなしで過ごせた。

アメリカでいいと思うところは、
大概のホテルにジムが設置されてあること。
4泊したうち3日はジムで汗を流した。
日本のビジネスホテルでジムがある所を知らない。

ただアメリカでどうかと思うのが
ホテルの朝食のレベル。
日本のバイキング方式の食事を知る私としては
アメリカのそれはいささか物足りない。

日本ツアーすると太る私だが、
アメリカの旅は逆に身体が締まる私である。


右からMichelle Walker(Voc), Michael O'Brien(Bass), Willard Dyson(Drums), 私。


 昨年夏の小林陽一さんツアーを彷彿させる車旅(片道10時間ドライブ)

宿泊したホテル。来年ゴルフのUSオープンが行われるゴルフリゾートホテル。