2016年3月21日月曜日

Southern States Road Trip #3 Memphis

今回のツアーの最終地がMemphis。
6、7年前にSomiのバンドで一度来た事があって、
その時に演奏した同じ会場で、今回演奏した。
前回は、当日入り、翌朝出発といった慌ただしい旅程で、
何も街を見ることがなかったが、
今回は、演奏日前日に到着したので、
若干のメンフィス観光ができた。
Beale Streatの風景
Sean DIxon, Michael O'Brien & Myself at Beale Street

到着した夜に、ダウンタウンにあるBeale Streetに行った。
100メートルほどの通りに、ライヴハウスが多く立ち並び、
一晩中、ブルース、カントリー、ロックバンドが
演奏している。
冬のため、あまり人は多くなかったが、
夏場は、歩くのに苦労するほど、通りに人があふれるらしい。
その昔、ここで、ルイアームストロング、アルバートキング、BBキングが
演奏していたらしい。
(因みにBBキングのBBは、Beale Street Blues Boyの略だと、
初めて知った私。)

メンフィスブルースを聞く。
翌日の昼に、駆け足で、Stax Museumに行った。
万人受けされるようなシカゴのモータウンサウンドと対比されるが、
よりブラックなソウルミュージックの生家と言われる、
Stax レコードの博物館である。

この博物館がある場所というのも、周りは、
いわゆるゲットー丸出しの住宅が並び、
いまだに白人黒人の貧富の格差というか、
白人黒人の棲み分けというか、
奴隷貿易のハブだったというメンフィスの歴史を
 色々と考えさせられる環境だったのだが、
いざ、この博物館に入ると、
ソウルミュージックの発生の歴史等が展示されてあり、
要は、当時、ラジオで唯一かかっていた白人のカントリーミュージックが、
黒人達に大きく影響を与えていて、ゴスペルやブルース音楽と融合して
ソウルミュージックが生まれたといった事が説明されてあり、
しかも、Staxで録音したミュージシャンは、白人が多く参加していて、
(特にホーンセクション)、その事は、Staxレコードをユニークな
存在にさせている事のひとつらしかった。

The Mar-Keys, Otis Redding, Sam&Dave, Isaac Hays等を輩出した
Staxだが、1968年のマーチンルーサーキング牧師の暗殺以降、
人種間のテンションの高まりとともに、この会社自体も
破産へと向かってしまう。
(現在は、コンコードレコード下で復活している。)
(因みにキング牧師は、MemphisのStaxのミュージシャンも
よくたむろしていたホテルで射殺されたのだ。)

なんというか、アメリカのひとつのレコード会社の歴史だけでなく、
そこからアメリカ国の歴史が浮かび上がるような博物館で、
実に唯意義な時間となった。

ツアー最終日、私だけ、飛行機で帰ったわけなのだが、
ホテルから空港に使った、Uberドライバー が、
高齢の白人男性で、車のラジオからエルヴィスプレスリーが
かかっていた。

Stax Museumに行った事を伝えると彼は、
次回、Memphisに来ることがあったらGraceland(エルヴィスの邸宅)
に行けという。確かに、そうだ。エルヴィスはじめ、
ジョニーキャッシュ等を輩出したSun RecordsもMemphisにあったのだ。
(彼らも、Beale Streetで聞いた音楽に触発されているのだ。)

Memphisは、アメリカの音楽のメッカなのだ。
その地に、わずかな時間ながら、そのエッセンスに触れる事ができた
今回のMichelle Walkerツアーは、
個人的に大きな収穫があったように思う。

Isaac Hayesのキャデラック。

2016年3月18日金曜日

Southern States Road Trip #2 Civil War Zone

Virginia州の風景

時差ボケで、NYC-Atlanta, Atlanta-DC間は、
ほとんど、車内で寝てしまった。
段々と回復が見られた、DC-Memphis間は、
私も運転に貢献した。
Virginia州を横断して行く道。
南北戦争の跡地があちらこちらにあった。

ベースのMichael O'Brienは博学で、
歴史にも詳しく、運転中、彼から
南北戦争から、公民権運動への道のり、
不遇を被った黒人の、南部から
シカゴやNYへの移動、ジャズ音楽の広がり等、
ざっと話を聞いた。
Michaelからアメリカの歴史の講義を受ける私。

VirginiaからTennessee州で、
南軍の旗であるConfederate Flagが
あちらこちらに掲げられているのを見た。
Confederate Flag in Memphis

結局の所、南北戦争で負けた、
南部の州の白人の方のメンタリティというものが、
2016年になっても色濃く残り、
それが、共和党大統領候補の座を狙う、
トランプ氏の躍進に繋がってしまう感じが、
 私にもなんとなくわかるのだ。

アパラチア山脈を越えていく絶景に心奪われ、
BBQ、Cracker Barrel(レストラン)
 Krispy Kreme(ドーナツ), Sweet Tea等、
南部独特の食の文化に腹は満たされた。
アパラチア山脈に心奪われ中

BBQ

Cracker Barrelの内装

コスモポリタンなNYCにいるとなかなか見えてこないアメリカの姿を
運転席から体感した貴重な体験であった。

2016年3月17日木曜日

Southern States Road Trip #1 Driving Driving and Flying

Virginia州にて。左からMichael, Myself, Michelle & Sean。

アメリカに2月12日に戻り、その翌日から
歌手のMichelle Walkerに連れられて、南部の州ツアーに参加。
14日、Atlanta,  
16日 Washington DC
19日 Memphis
という日程だった。
移動は、車。

NYCからAtlantaまで、距離は870.9mile。(およそ1402km)
13時間ドライブ。
今、この記事を書くのに調べて見たのだが、
東京から鹿児島まで行ける距離だったのだ。

次。AtlantaからWashington D.C.まで、距離は638.5mile。(およそ1027km)
10時間ドライヴ。
東京から新山口まで。
久保さんのツアーで、東京青山Body&Soulの翌日が、徳山での演奏だったが、
新幹線でさえ、5時間近くかかっていたしなぁと今この記事を書きながら実感。

そして次。Washington D.C.からMemphisまで、距離は876.7mile。(およそ1411km)
13時間8分ドライブ。
東京から余裕で鹿児島だ。

帰りが、MemphisからNYC。距離は1096.4mile。(およそ、1765km。)
16時間25分ドライブ。 およそ青森から熊本らしい。

全走行距離、3482.5mile。(およそ、5605km。)
日本の国土の長さは、約3000kmらしい。
小林陽一さんGoodFellowsバンドの日本ツアーも相当車で移動したと思うが、
それをはるかに超えた走行距離であった。

私は、このツアーの途中から、
Memphisからの帰りを正直、恐れていた。
日本ツアーから、連続しての旅。
疲労もかなり溜まっていた。
ふと、自分のデルタ航空のマイレッジを確認した。
NYまで無料で帰れるマイレッジ数があった。

私は、悩んだ。

バンドメンバーを見捨てて、一人飛行機で帰っていいものか。
バンドはチームだ。今回は、計4人編成のバンドだったが、
順番にひとり4時間強 運転すれば、一日で帰れる。
しかし、私が抜ければ、3人に余計負担がかかる。

私は無慈悲にも拘束された久保さんをJFK空港に置いたまま、帰宅した人間だ。
今回も再び酷い人間になったのだ。
飛行機チケットをWashington DCからMemphisに移動中に
購入してしまった。
Michelle Walker, Michael O'Brien & Sean Dixon,
こんな自分勝手な日本人ピアニストをお許しください。

久保さんの長い日。

東京駅を移動中の久保さん

ジャカルタから戻り、ようやく時差ボケも
取れて来たかという3月16日の今日。
2月から続いた旅の記録を書いてみようかと。

まずは、日本編。

2月1日から11日まで、ドラムのSammy久保さんに
連れられ、日本を演奏旅行。

僕がNYに住み始めて間もない頃からの知り合いである
久保さんの、齢61にして初めてのCDリリースツアー、全9カ所。
毎晩、違うベーシストと歌手と共演する機会を頂き、
楽しい演奏旅行となった。青山Body & Soulの
ママさんによるライヴ記事がここにありました。

http://www.bodyandsoul.co.jp/2016/02/12323


今回のツアーの一番のドラマは、ツアー終了後の翌日の
渡米の日だったかもしれない、と今にして思う。

飛行機で福岡から成田そしてNYという旅程。

福岡1:05pm発の飛行機。

ホテルからタクシーでものの15分くらいで空港に到着。
日本としばしのお別れ。
おいしいお昼でもと、空港内のレストランで海鮮丼を食べた。
食後のお茶を片手にのんびりと、
今回のツアーをふりかえったり、今後の事を語ったりしたように思う。
店を出る。

時は11:30amくらいだったか。

私は、今回の日本ツアー中、レンタルしていた、WiFiルーターを
郵送返却しなくてはいけなかったので、空港内の投函ポストを探しに行った。
係員に聞いたところ、福岡空港建物を出たところにポストがあるというので、
そこに向かった。
(ところで、今回利用した、WiFiレンタル屋さんという会社の提供する
レンタルWiFiルーターは、安くて便利で、返却も同封されてあった
送料支払い済みの返信用封筒に入れてポストに入れるだけ。素晴らしいサービスだ。)
投函後、手荷物検査ゲート前に向かうと、
久保さんが、なにやら落ちつかない様子。

『どど君、テキストしたんだけどつながらないし!!』
『ルーターを、返したので、携帯つながらないですよ。』
(注:お互い、アメリカのiphone保持者。)
『 場内アナウンスまでお願いしたんだよ!聞こえなかった?!』
『ポスト、空港外にあったんですよ。どうしたんですか?』
『ギャラを入れた封筒をホテルの金庫に置き忘れたんだ!!』
『エッ!!』
『今からホテルに戻って間に合うかな?』

時は11:40amくらいだったか。
一瞬間に合う気がした。
『間に合うかもしれませんね!!』
『じゃ、行こう!!』
と久保さん、シンバルケース片手にエレベーターを降り始める。
途端、私は、冷静に考え直した。
『いやいや、やっぱり搭乗時間に間に合わないですね。
ホテルにまず電話しましょう!』
 久保さんは、半分近く下ったエレベーターを逆進して
昇ってきた。しかし、昇りきったところで、バランスを崩し、転倒。
『大丈夫ですか!!』
『大丈夫大丈夫!!電話電話!!!』
パニクるという動詞は、こういう時に使うのだと実感した。

誰もが携帯を持つ世の中になって、中々巷に
公衆電話というものがなくなっている気がしていたのだが、
空港にはあるものだ。
受話器を片手に、
『百々君、そういえばホテルの電話番号わかる??』

最終日に泊まったホテルは、九州ツアーで共演したベースの
丹羽さんが急遽用意してくださった所で、久保さんも
宿泊先のコンタクト情報を持ち合わせていなかったのだ。
私は、たまたまなのだが、このホテルの電話番号が書いてある
看板を記念に写真に収めていたのだ。

『どど君、小銭ある?』

十円玉を数枚渡す。

『あのーさきほどチェックアウトした久保と申しますが、
実は、金庫にですね。。。ガチャン。』

『どど君、電話切れちゃった。もっと小銭ある? 』

百円玉を数枚渡す。

『あのーすみません、久保と申しますが、カクカクシカジカ。。。。』

どうやら、ホテルの受付の人が、封筒を確認したらしい。

『私の知り合いが受け取りに行きますので、カクカクシカジカ。。。。』

結局、ベースの丹羽さんにホテルまで封筒を取りに行ってもらい、
銀行送金をお願いし、事は収まったのだった。

ツアーのギャラをすべてなくす、という伝説を作る寸前であった。

とりあえず、落ちついて、手荷物検査ゲートをくぐる。
はずしたベルトをはめなおして、久保さんを待つが、
なかなか、久保さんが出て来ない。
尿意を催していたた私は、とりあえず、搭乗ゲート近くにある
トイレに向かった。トイレから出た後も、久保さんの姿がない。

搭乗時間が迫ってきた。

ようやく、久保さんが現れた。すっかり憔悴されていた。

なんと、シンバルケースを手荷物として機内には持ち込めないと言われて、
再び、チェックインカウンターまで出直し、預け荷物にしてきたという。
(NYから成田に来た時は、手荷物としてシンバルケースを持ち込めたのだ。
飛行機会社によってポリシーが違うのがやっかいである。)

成田空港での待ち時間は、もっとも穏やかな時間だったかもしれない。

NYのJFK空港に到着。

入管手続きを済まし、預け荷物を受け取りに行く。
ところが、またしても、久保さんが出て来ない。
久保さんの預け荷物をすべて取り上げて、待った。
久保さんは、やはり現れなかった。

尿意を催した私は、また久保さんの荷物を
ベルトコンベアーに戻し、トイレに向かった。
トイレから出ても、已然、久保さんはいなかった。

テキストをしてみた。
すると、なんと、別室に連れてかれて、待たされているという。

さらに10分程待った。
私も疲労で我慢の限界が来てしまい、
久保さんにテキストを入れ、空港を後にした。
無慈悲な私をお許しください。

帰宅後、久保さんからテキストが来た。
『理由がよくわからないながら、ようやく釈放されました。
お疲れさまでした!』
一時間以上拘束されたのだと思う。

久保さんに、何があったのか、いまだに理由は知らない。
しかし、無事に、帰宅された。
久保さん、本当にお疲れさまでした!
この話、書いちゃいました。ごめんなさい!
ありがとうございました!!! !!

それから、今回、共演した、
Junko & 島田剛さん、
佐藤恭彦さん
中山美穂 & 山本優一郎さん
杉山千絵 & 萬恭隆さん
東かおる & 荒玉哲郎さん
西田真美、荒木眞衣子、豊島博子 & 丹羽肇さん
ありがとうございました!!!

最後に、各地で、聞きに来て下さった方々に感謝したします。

山口県ホテルサンルート徳山にて、
ベースは山本優一郎さん。中山美穂さん撮影。

2016年2月26日金曜日

日本ーアメリカーインドネシア

2月は、旅の月になった。
1日から11日まで久保Sammy宏さんに連れられ日本へ。
13日からMichelle Walkerさんに連れられ、アメリカの南部の州ツアー。
因みに3月1日から1週間、再びMichelleに連れられ、インドネシアへ行きます。
今週は、Sleep No Moreの仕事がほぼ毎日入っていて、
家でまるまるオフ日だったのが、今日だけだったという2月、
またひとつ年をとってしまいました。
じじいになっていきますがまだまだ頑張ります。
ツアー日記は、インドネシアから帰ってきてから諸々まとめようという
気持ちはあります。
とりいそぎ、以上。

2016年1月9日土曜日

久保ヒロシ『Healing With Love』日本ツアー日程

NY在住ドラマー、久保ヒロシさんの初のレコ発日本ツアーに
参加します。
http://diskunion.net/portal/ct/detail/1006814925?utm_source=rmd&utm_medium=ad&utm_campaign=rmd


帰国はおよそ1年ぶり。
東京で演奏するのは2年ぶり。
しかもBody&Soulで演奏するにいたっては、
もしかすると5年ぶりかもしれません。。。。

久保さんと知り合ったのは、もうかれこれ
15年くらい前かもしれません。
当時、Kitano Hotelで、毎週金曜日に
Kubo Trioで、演奏されていて、
そこに、たまにサブで、演奏させて頂いたのが
きっかけでしょうか。
つい最近まで、『ラーメンKuboya』の経営もされてもいました。
おりにつけ気をかけていただいた方でありまして、
今回、還暦祝いをかねて、初めてのCD制作をしたいとの事で
音楽監督を任せられた私ですが、
ツアーまで参加させていただけて光栄です。

旅程はこんな感じになってます。
応援いただけたら嬉しいです。

2/3   名古屋 Star Eyes  電話 052-763-2636
https://ssl.hp4u.jp/201602/site:stareyes
Piano 百々徹    Bass 島田 剛      Vocal  Junko Ishihara
 
2/4    東京南青山 Body & Soul    電話 03-5466-3348
http://www.bodyandsoul.co.jp/event/160204
Piano 百々徹    Bass 佐藤 恭彦  
 
2/5  山口 ホテルサンルート徳山 電話 0834-32-2611
https://www.facebook.com/ZhuShiHuiShehoterusanrutoDeShan/
Piano   百々徹  Bass 山本優一郎      Vocal  中川美穂
 
2/6 京都 le club jazz    電話 075-211-5800
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/ktsin/
Piano 百々徹        Bass 萬 恭隆 
Vocal  杉山 千絵
 
2/7 神戸 ボーンフリー 電話 078-441-7796
http://www.bornfree-kobe.com/pages/55506/about-bornfree
Piano 百々徹        Bass 荒玉 哲郎
Vocal 東 かおる
 
2/8 福岡久留米 ルーレット 電話 0942-32-0665
https://www.facebook.com/RouletteJazz    http://roulette-jazz.info/
Piano 百々徹        Bass 丹羽 肇
Vocal  西田 麻美
 
2/9 佐賀嬉野      La Casa Maria   電話 09027161428
https://www.facebook.com/La-casa-MARIA-381590905284364/timeline/
 
2/10  佐賀嬉野   La Casa Maria
Piano 百々徹        Bass 丹羽 肇 
Vocal  荒木 眞衣子
 
2/11  福岡市   5 ペニー 電話  050-5580-7006
http://posaune3452.wix.com/piano-bar-trombone
Piano 百々徹        Bass 丹羽 肇 
Vocal 豊島ひろ子

2016年開始

あけましておめでとうございます。

2016年に切り替わる前後、色々あった。

12月末に2泊3日だけ家族でバハマに遊びに行った。
バケーションをとったのは、実に5年ぶりかもしれないのである。
もう少し長く休みがとれたらよかったのだが、
時間とお金が許さないのである。
にしても、やはりこの海の色を見にくる価値はあるなぁと。


ところが、2日目の夜、もともと風邪気味だったさくら、
咳がひどくなり、夕食後、嘔吐し、発熱し、
私は焦った。
翌日、NYに戻るや、すぐさま救急病院へ。
肺炎を心配したが、ただの風邪ということで、
とりあえず安心。

大晦日は、Sleep No Moreの年越しパーティーで演奏。
キャストの方々の歌の祭典。
8時間、80曲以上を伴奏した。
もう酔っぱらうしかないと思い、
酔っぱらって、帰りの地下鉄で眠りこけ、
降車駅を乗り過ごし、終点まで行くという
ひさしぶりに学生の気分になった。
 

2日酔いで死んでいた午後、さくらが、耳が痛いと泣きわめく。
熱はなかったが、なにか耳にウイルスでもはいったかと
また救急病院へ。
正月で、さすがに医者も少なかったのか、診察まで
待たされる事4時間。。。。
さくらも、眠り込む始末。
ようやく診察されるに、
『耳あかがすごいことになってます。』と医師。
掻き出す毎に、まぁ、出る事出る事。
さくらも、痛みが消えてけろっとしている。

耳あかは、自然に出てくるから、
赤ん坊の耳は変に傷つけるといけないので、
掃除しなくてもよい、という本を読んでいたので、
さくらは、生まれてからこの4年間、まともに
耳掃除をしていなかった。
どうやら、耳掃除はしないといけないようであった事をこの日、
知った。
結局、耳垢掃除のために計5時間、救急病院で過ごした正月であった。
こんな2016年の幕開け。
いい年になってほしい。

2015年12月26日土曜日

今年も大詰め

いよいよ2015年も残す所1週間を切った。

・2015年、自分の仕事のざっと92%は、シンガーの方との
仕事であった。ちょっと数えてみたのだが、今年、共演した歌の方、
少なくとも80人はいた。本当に、自分は歌の方に食べさせて
いただいている感じである。忙しさ、という点で、今年は、
実に忙しい年であった。 仕事が来る、という事は本当に
有り難い事だと思ってます。

・旅の機会も多かった。
米国国内もとより、カナダ、アフリカ、ヨーロッパに、
そうそう、長谷川朗君の結婚パーティーで大阪にも行けた年であった。
 
 ・逆に、自分の音楽をやる事がなかった一年であった。
そもそも最近、自分の音楽とは何か、わからなくなっている。
普段の仕事で様々な音楽に触れて、自分の音楽世界が広がっているのは
確かで、そういう所から、いつか自分が欲する音がみつかれば
いいとは思っているのですが。

・ 幼稚園に通い出して3ヶ月で、娘が、意味不明ながら、英語で
独り言を言うようになってきて、驚かされる。
自分が4歳の時に、レディセットゴー!なんて言った記憶はない。
娘はすでに自分を超えていると思う瞬間だ。

・先日、とあるクリスマスパーティーで演奏の仕事があった。
アパートでの自宅パーティー、2時間だけの演奏という事だけ
知らされていた。場所は、マンハッタンのロウアーウェストエリア。
指定された住所は、オフィスビルであった。
ドアのブザーを押すと、ガードマンが現れ、中に導かれる。
廊下の先の扉をあけると、キッチン付きの部屋。
用意されてあるはずのピアノがなかった。
こぎれいな若い白人男性が多く集まっていた。
一瞬、間違った場所に来たのかと思った。
『あの、パーティーでの演奏で来たのですが。』
『あー、2階に行って。』
と部屋の奥にあった階段を指差された。
その階段、一直線におそらくビルの最上階へ、続いているかのように見えた。
2階にいくと、カワイの小型のグランドピアノがあった。
この仕事をくれたとある女性歌手もいて、
ひとまず安心。

だんだん、パーティー参加者が増えてくる。
皆、20代後半から30代の白人男性。
驚いたのが、女性ゲストの美貌だ。
あらゆる人種がいたが、皆、一様に、モデルのようであった。
男30人、女40人くらいの人数比率であった。

この仕事をくれたとある女性歌手によれば、
パーティー主催者は、超お金持ちらしく、
このビル全体を所有しているとの事。
隣のビルには、Jay Z&ビヨンセが住んでいるとの事。
パーティー参加者の男性達も皆、お金持ちだという。

私は、てっきりこの美しい女性達は、雇われて来ているのかと
思ったのだが、女性歌手にいわせると、皆、
男性陣のガールフレンドだという。

富が美人を惹き付けるのか。
美人が富を惹き付けるのか。

ジャズミュージシャンは、こういうシーンにたまに
紛れ込む事ができて、有り難い経験をできる
有り難い職業だと思う。帰りは、2階の部屋にあった
エレベーターでこの”アパート”から退出した。

2015年11月13日金曜日

最近の事

前回の作文から早くも1ヶ月が過ぎた。
この間に起きた出来事を箇条書きに。

・新居は、相変わらず、片付いていない。
片付ける気がないのか、片付ける時間がないのか。
多分その両方だと思うが、今年中に、片付けられれば
いいかなと思っている。


・Somiの仕事で、米国内をいくつかまわった。
10月に、カルフォルニア、ポートランド、シアトル。
先週は、イリノイ州をまわった。
今年は、これで、旅はおしまいかと。
それにしてもよく旅した年だったと思う。
アフリカも行けたし、ヨーロッパにも行けたし、
大阪にも行ったんだった。(今年も終わり感が出て来た。)


・10月で4歳になった娘、学校に通い始めて2ヶ月が過ぎて、自宅でふと、
"Tomorrow will be Tuesday”とつぶやいた。
おそらく、彼女の最初に、文章で語った英語だ。
自分が4歳だった頃を、完全に超えている。

 ・とある仕事で、マイケルジャクソンの
”Thriller”を演奏する機会があったのだが、
この単語、日本語にないサウンド、
Th, R, Lが組み合わさって、最強に発音しづらい事に気づいた。
この曲を歌った方に、『最高でした。Thri....』と言おうとした途端、
まじで、口が麻痺したのだ。


・ここ最近で、大阪のロイヤルホースの関さん、
滋賀のねこの浜田さんが亡くなられた。
お二人とも、まだこれからというお年であったように思う。
お二人のFacebookのページを見ると、間際まで、
普通に生活されていたようで、人生の幕切れが、
突然訪れた様子が窺えた。
 共に、長年お世話になった方々で、なんとも寂しい限り。
 関さんとは、実現はしなかったのだが、Somiの来日公演の可能性を
協議したこともあった。
 浜田さんは、私がバークリー卒業してまもなく、初めての
帰国公演でお世話になり、それ以来、応援をいただいていた事もあり、
5、6年前に、滋賀でコンサートに呼んで頂いたのにも関わらず、
私のスケジュールが会わずに間際でお断りした経緯があり、
申し訳ない事をした記憶がある。
 このブログ上で言うのもあれですが、心よりお悔やみ申し上げます。 

2015年10月13日火曜日

引越した。

というわけで、引越したのだ。

長年Bronxに住んだ後、2009年3月に
New Jersey州Fort Lee市に引越しした時の
あの心のときめきや興奮は、今回の引越しに関しては
まるでなかった。

新しい場所が、前の場所からほんの30メートル離れた所に
あるという新鮮味のなさもあろう。

なにしろ、住んでいた所の大家が、物件差し押さえになり、
急遽、追い払われるという事態を受け止めるのに精一杯であった。

退去命令が出たのが、1ヶ月前。
ネットで、物件探し。何件かあたって、結局、
ものすごく近い所に、空きが出て、そこをすぐさま押さえた。
先月、私は、出張している事も多く、
妻にかなりの部分を頼った次第で、
実際に新しい物件を自分が見たのは、
引越しの3日前だった。

(新宅、旧宅に比べて多少スペースも大きくなったのだが、
その反面、家賃もだいぶ高くなる。 この部分も
今回の引越しに、あまりときめきがない大きな一因であろうか。)


引越し先が30メートル先という距離感に、
自分達で、引越しできるのでは、
それこそ、歩いて、物を運べるのではないかと思って、
実際、やってみた。
(ピアノ運びは、さすがに業者にお願いしたのだが。)


  新しい物件は、正式の入居日10月1日の4日前に鍵をもらえたので、
9月28日から9月30日の3日に分けて、引越しをした。
 9月30日は、しかし、友人の石崎忍君にお越し願い、
お手伝いをいただいた。

 自分のスマホに、万歩計アプリが入っているのだが、
それによれば9月30日は、なんと10Kmも歩いていた 。
しかも、重い物を持ち上げたり、階段を上り下りする等で、
実に肉体的にハードな作業であった。

(何枚、汗だくになったTシャツを交換した事だろうか!)
(石崎君ありがとう!!)

空になった旧宅を見て、感傷にふける余裕もあまりなかったのだが、
振り返るに、実にドラマの多い、住居であったことには違いない。
さくらの誕生をはじめ、私の人生の転機を体験した場所であったように思う。
 新宅は、果たしてどういう事を体験する場所になるのであろうか。

等と考えている暇はなかった。

疲労困憊して、少しでも睡眠が欲しかったのに関わらず、
10月1日の早朝5時に、さくらが、激しく泣いた。
前日、気温が急激に下がったのも影響してか、
彼女は高熱を出した。
鼻水に咳もひどかった。
病院に行き診察してもらう。
熱ウイルス、まぁ、季節の変わり目に体調を崩す、
よくあるものだった。
これまで、ほとんど熱を出したことのなかった彼女だが、
引越しした翌朝というこのタイミングで、熱を出す事に、
こちらもまいってしまった。

午後は、多少元気になったかに思えたさくらだったが、
夜になると、また咳が出て来た。
この日の夜は大雨が降った。

10月2日の早朝3時。

さくらの咳で、起こされた。
と、同時に、ポタポタという音が隣の部屋から聞こえてきた。
見に行けば、雨漏りしていたのだ。
7カ所くらいから水がこぼれ落ちて来ていた。

コホンコホン(さくら)
ポタポタ(雨漏り)
コホンコホン
ポタポタ。

なんという試練を神は私に与えてくださるのかと、
天を仰いだが、その前に、バケツを用意しなくてはいけなかった。
この家に住むには、いったい何個バケツが必要なのだ??

新しい大家に連絡するは、屋根の修理屋を呼ぶは、
一方で普段の仕事はあるは、
そんなこんなで、未だに、
新宅、ほとんど片付いていない状況。

引越し、簡単ではない事だけは、確かだ。

2015年9月15日火曜日

色々な9月

1)引越し

なんと住んでいた所が、抵当差し押さえにあい、
急遽、引越しを迫られてしまうという自体に。

数年前から、そういう噂は聞いていたのだが、
大家は、大丈夫大丈夫の一点張りで、
リースも更新できていたので、少し、油断していたところも
あったのだが、8月の30日に、銀行側から、
9月いっぱいでの立ち退き命令が来た。

慌てるには慌てたのですが、
なんと、およそ30メートルあたり先の所に、
ちょうどいい物件があり、すぐさま、賃貸契約を交わした次第。
今月の最終週に、歩いて、引越しがはじまる。
すっかり引越し貧乏になりましたが、
これも何かのきっかけ、新しい章の幕開けととらえたいところです。

2)娘が幼稚園児に。

10月で4歳になる娘。ついに、幼稚園生活が9月から始まる。
初日、親と離れるのを嫌がってワンワン泣きわめく子ども達をよそに、
我が娘、そそくさと、先生に手をつれられ、校舎入り口へ。
校舎に入る直前に、こちらに振り向き、手をふったさくら。
泣かない娘。
泣いた私。
英語は、まだ、ほとんどできない娘だが、
幼稚園に通い始めて1週間で、
C'monや、Stop等単語を話しだし、
他の生徒とは、別れ際、ハグしたりと、
私の幼稚園体験とは、また違った世界に触れている娘を
ただただ見守るばかりだ。

3)壊れる物。

どうでもいいが、車のエンジンチェックランプが点灯して、
修理屋に行ったり、ラップトップの充電アダプターが壊れて
新調したり、財布やカバンが破れたり、
ジーンズの膝の部分に穴があいたり、
色々と、物が壊れた9月前半である。

アメリカは、9月が、新しいシーズンの幕開けであるし、
まぁ、そういうことなのか、色々、変化が生じてます。

Somi @The Apollo Theater March 19. 2022

 3月19日(土)にSomiのアルバムリリースショーが the Apollo Theaterで行われました。 なにしろ、スペシャルゲストに憧れの ダイアンリーヴスが歌うと前々から知らされていて、 この日の演奏に備えて、とにかくCovidにはかからないようにとか、 ロシアから核爆弾...