2012年8月12日日曜日

日本ツアーでの思い出 その2(その3もありそう。)

小林陽一さんのツアー24本のうち、
3本、お休みをいただいていた。
そのうちの2日間、NY時代からお世話になっている井上智さんと
一緒に演奏する機会をいただいた。

7月16日(月)に井上さんと銀座のNo BirdでDuo演奏したのだが、
その帰りの中央線の四谷駅ホームで、シンバルケースを背負った
ドラムの横山和明君に会った。
彼とは、4、5年前に、井上智さんのツアーで
一緒に旅したこともある。
数日前のJAfroのショーに見に来てくれた
ばかりであったので、今回は、よく彼に会うなと思った。

『あれ、横山君じゃん、仕事帰り?』

彼は、少し浮かない顔をしていた。

『百々さん、実は、、、、、。』

四谷から彼の住む国分寺まで、ずっとベースの高道君の話になった。

この日、彼は、リンヘイテツさんのピアノトリオの仕事で
赤坂Bフラットで演奏だった。ベースが 高道君の予定だった。
ところが、彼が来なかったという。
電話してもつながらない。
リンさんによれば、前日もメールで入り時間を確認していたのに
返信がなかったという。
高道君は仕事に関しての連絡は、数秒後に返信が返ってくる人だった。
横山君によれば、ここ最近の高道君はとみに暗かったという。
奥さんと別居中という話もこの時初めて聞いた。

携帯メールの時代に、2日間連絡がとれないという事態は、
そうそう考えられない。
交通事故だったとしても、なんらかの方法で連絡がつくはずだ。

僕は、この時に、とても嫌な予感がしていた。

 (今回、7月頭に帰国していたのだが、
7月20日から高道君と、小林陽一さんバンドで
東北ツアーの予定だったし、どうせそこで会えるからと思い、
彼に連絡をしていなかったことを悔やむ。)

 家に帰って、彼の携帯電話番号を探したが見つからず、
とりあえずメールを入れてみた。
 翌朝の17日、小林陽一さんに、横山君からの話を伝え、
高道君に連絡してみてくださいと電話をした。

17日は、小林さんのバンドで、森下文化センターで
コンサートだった。
会場入りした時に、小林さんから、
リンさん経由で、高道君の奥さんに連絡がついて、
奥さんが高道君の自宅に様子を見に行くという話を聞いた。

 演奏後に、小林さんから高道君の死を知らされた。
小林さんは、サウンドチェック時に、リンさんから
すでに連絡が入っていたそうだが、敢えて、その時は、
僕に知らせなかったと言われた。

翌日18日に横山君から高道君の葬儀の情報のメールを
いただいた。

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