2012年12月25日火曜日

2012年を振り返る。その2

苦しい年ではあったが、いい事もあった。

7月の小林陽一さんのツアーに参加できた事、
そのツアーでVincent Herring とEric Alexander と
もしかしたら一生分共演出来た事は僕の宝となった。
小林さんのタフさに多くを学んだように思う。

9月に、Whoopi GoldbergやJoe Torreと話ができたGigや、
11月のLouis Hayes Bandやオリジナルミュージカル
『Girl:Shake Loose Your Skin』の公演等思い出に残る
仕事があった。

10月末のハリケーンSandyで、自分の住むエリアは2週間近く
停電した家屋が多かったのに関わらず、幸い、自分の家は
被害を免れた事もラッキーであった。

 そしてなにより、さくらが、無事に成長してくれていることが
一番の良かった事だった。 自分が怪我したりなんだで、
バタバタした上に、娘まで何かトラブルがあった日には、
もう今年で、世界終末で間違いなかったように思うが、
さくらの御陰で、2013年を前向きに迎えられる
感じがしている。

最後に、今年も、この作文を読んで下さった方々に
感謝いたします。よいお年をお迎えください!!

2012年12月24日月曜日

2012年を振り返る。その1

2012年も大詰め。

今年は、我ながらに、苦しい年であった。
もしかすると、海外生活を始めて、一番、
辛かった年かもしれないとも思う。

・とにもかくにも、4月のジョギング中の転倒による、
右膝の皿骨折事件が応えた。
骨はついたものの、右足の筋肉や関節がダメージを受け、
今現在、大分、回復したとはいえ、
まだ完全復調とは言いがたい状態である。

それに加え、骨折後6週間近く、仕事が出来なかった事が
なにしろ辛かった。これほどブランクができたのは、
人生で初めてであった。ひとたび、怪我をして、
働けなくなると、途端に、財政危機が生じる職業についている
自分がこの時ばかりは、恐ろしくなってしまった。
今後、年をとって、病気しがちになってしまったら、
等と、考え出すと、今更ながら、不安である。

(そりゃあ、親だったら、子供が音楽家になるなんて
言い出したら、 まずは反対するわなぁと、思った。)

世の中の音楽家業の方々、こういう問題に
どう向き合っているのかしら。
考えないようにしているのかしら。
とりあえず、身体だけは鍛えておこうと思い、
ジョギングしていたのだが。。


・7月のベースの高道春久君の突然の死はショックであった。
ショックすぎてかなんだかわからないが、未だに、
彼は、生きている気がしている。小林陽一さんの
ツアーで一緒に演奏する予定の数日前に逝ってしまったのだが、
せめて、ツアー後に、逝くなら逝ってほしかったと、
勝手に思っている。


・2004年に知り合って以来、色々な世界を僕に
見せてくれていたSomiが、今年に入って、
充電なのか本格的に永住したのか、
まだはっきりしないのではあるが、
ナイジェリアに住み始め、バンドの活動が、あまり
活発ではなかった事も、財政的な苦しみを与えられた。
昨年まで、彼女の仕事でかなり忙しく、他の仕事を
断ることも多かったのだが、ひとたび、彼女が
いなくなると、何も仕事がない、というような状況に
陥った月もあり、サイドマンとしてNYシーンで生きていくのも
お気楽でいいのだが、厳しいものよ、と痛感させられた。


(最近、彼女の新しいレコーディングに参加し、
来年はそれでもまた忙しくなるのかなぁと、
淡い期待を抱いてるのだが。)


・ コネチカット州の小学校の銃乱射事件のニュースに
私の心はいまだにどんよりしてしている。

(Jimmy Greeneの6歳の娘さんが被害者の一人と
いうニュースにさらに胸がはりさけそうになる。)

NRAが銃規制ではなく、すべての学校に武装警護を、
と訴えた事に対して、リベラル派のメディアでは、
批判が集中しているが、いずれにしても、
銃規制には時間がかかりそうなアメリカ国。
とりあえず、NRAの言うように、
学校のセキュリティを高めた方が、今後、
この手の異常な事件が起きた場合、
犠牲者の数は少しは減らせるのではないかと思ってしまう。
生徒にも防弾チョッキの着用義務を課した方が、
いいのではないかと14ヶ月になる自分の娘を見ながら思ってしまう。

2012年12月20日木曜日

そしてまた安倍首相。

この3年ほどの民主党政権下、
自分が恩恵を受けた事といえば、
円高傾向が継続していたことだ。
日本で稼いだお金を、
ドルに換金した時の喜びといったらなかった。

今回の衆議院選挙で、大勝した自民党は、
円高に歯止めをかけることを公約にしているが、
そういう政党は、私にとっては実に不利益である。
まぁ、海外生活を始めてこのかた、
やり方がよくわからないのを理由に、
一度も国政選挙に投票したことのない私の事はいい。

今回の選挙は特に、争点が多く、
どれも難しい問題ばかりで、
そういう事をまぁ、経験は豊富な、
自民党さんにお任せしたかったという
日本人の現実的な判断だったのかしらと
ちょっと思ってみた。

歴史は繰り返すというが、
また安倍さんが首相になるということは、
次は、福田さんはやめちゃったので、
麻生さん、そんで、
鳩山さんはやめちゃったので飛ばして
かろうじて当選した菅さん、そしてまた野田さんの順番か。

お粗末。これにて失礼いたします。

2012年12月16日日曜日

合掌。

コネチカット州の小さな街で起きた、
小学校襲撃事件で、僕がボストン時代から
知っているサックス奏者のJimmy Greeneの
娘さんが被害者の一人になってしまった事を知って
驚くとともに、とても悲しい気持ちになっております。
自分も娘を持ってからというもの、
この手のニュースを聞くと、とても他人事と
思えず、Jimmyさんも、どうやってこの悲劇から
立ち直れるのか、やりきれない思いです。
合掌。

2012年12月14日金曜日

SOMI Recording

12月10、11、12日の3日間、
SOMIさんの新しいCDのレコーディングに参加。
私、ピアノやローズの演奏に加え、5 曲程、
ストリングスやホーンのアレンジを頼まれ、
レコーディング時にストリングカルテットの
指揮もしたりと、作品作りに貢献をしたと思う。
(SOMIさんのCD参加はこれが3作目。
2004年に知り合ってから、
随分長いついきあいになった。)

今回、特筆すべきは、今回のCDのプロデューサー、
ナイジェリア人、Cobhams Emmanuel Asuquoさん。
何も予備知識もないままに、2週間程前に、
SOMIを通じて、電話越しに、彼と、
ストリングスアレンジについて、
初めて話をし、先週、このレコーディングの
ためのリハーサルの時に
初めて出会ったのだが、まず、彼は、
盲目だという事に
驚いた。
次に、彼の、類い稀な、音楽の知識に驚いた。
(ナイジェリアの伝統音楽から、
クラシック、ジャズ、R&B他あらゆるジャンルに
精通していた。)
 リハーサル時、彼は、的確に、
バンドメンバーにこうしてほしいということを
伝えた。
ストリングアレンジに関しても、彼は、
ピアノを弾きながら、
次々とアイデアを僕に提供してくれた。
ものすごい記憶力があるようで、一度、聞いた音楽は、
常に、頭の中にインプットされていくようだった。
(今、この作文を書くにあたって、初めて、wikipediaで
彼の経歴を知った。凄い人がいるものです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Cobhams_Asuquo) 


今回のSOMIのCDは、彼のディレクションのもと、
多彩な楽曲に溢れたかなり面白い作品になる予感がしている。
 
(写真全前列左からCobhams,SOMI, Keith Witty,
後列左から、Liberty Elleman,Michael Olatuja, Otis Brown, Toru Dodo)
 
 

2012年12月5日水曜日

要人警護の仕事

子守りという仕事が入ってから、
とにかく毎日が忙しくなった。
今月は有り難い事に演奏の仕事にも
恵まれており、
午前中にリハ、午後は子守り、
夜はGigに出かけるといった日も
多くなっている。

忙しすぎてあまり物事もじっくり
考えられなかったりするものだが、
ひとつわかったのは、
子守りというのは、
ひとときも子供から目を離してはいけないということだ。
なにしろ、次の瞬間どこに動くのか予想がつかない事が多く、
しかも大概、子供は、親としてみたら、行ってほしくない事、
やってほしくない事に着手する傾向が強いため、
とにかく、まるでSPのように、子供が起きている間は、
ずーーーっと子供を見ていないと
いけないということを学んでいる。

2012年11月21日水曜日

濃い3日

11/17(土)
 Vermont州のVermont Jazz Centerにて、
Louis Hayes Quartetの演奏。Louisとは、以前、
Curtis Fullerバンドで4回程演奏した事があったのだが、
彼のバンドとしては初めての仕事であった。
彼のドラム、特に右手のライドシンバルが、
私を幸福にした。
Jazzとは何であるかと、考えることがあるものだが、この時ばかりは、
『あー、そういうことだったのか!』
 と全てがクリアになった時間であった。
(この作文を読まれている方にとっては、
なんのことだか全くクリアでないかもしれないが。)

Louis Hayesと。


11/18(日)
 深夜に、車で3時間30分かけて帰宅し、
午前中に教会の仕事、その後、午後に翌日のショーのリハーサル、
そしてさらに夜はMatt Snow というベースのバンドでのライヴ。
そのバンドで、久しぶりにサックスのユイガ君と共演。
初めて会ったのは、3年程前。
まだ20歳になったかなってないかの頃、
当時自分がホストをしていた、
クレオパトラズニードルによく遊びにきてくれていた。
なんでも、最近、バークリー音楽院から学費全額の
奨学金を認められたらしいが、
まだ学校にいくのか迷っていて、とりあえず、今、
NYに住んでいるという。
久しぶりに聞いた彼、一段と凄くなっていた。
楽器が上手いどうこうといったレベルでなく、
明後日の方向にぶっ飛んで凄い感じだ。
ドラムの石若君といい、ユイガ君といい、
一体最近の若い日本人ミュージシャン界に何が起こったのだろうか?
事件だと思う。

11/19(月)
制作過程であるオリジナルミュージカルGIRL Shakes Loose Your Skin の
初めての台本読み合わせ一般公開ライヴがJoe's Pubで行われた。
(私、編曲とピアノ演奏を担当。)
今回、あまりリハーサル時間が確保できずに本番だったが、
 ブロードウェイの役者さん達の役者魂というのか、
 なんなくやり通して、大喝采であった。
今後、このプロジェクトがどのように発展していくのか
楽しみである。

キャストの集合写真。真ん中の赤い帽子の方がこのミュージカルの
創作の源になっている
詩人Sonia Sanchez











2012年11月16日金曜日

ようやく平常に。

Sandyが去って2週間が過ぎてようやく
自分の街の周りは平常に戻った感じだ。
ここ2年連続して非常に大きい嵐がNYエリアを襲った。
これから毎年の恒例行事になるのかしら。
停電に備えて、発電機買うべきかしらん。

最近の仕事写真を。

Pete Zimmer Quartet @ Dizzy's Jazz Coca-Cola, Nov.6 - Nov.10
 Somi @Park Avenue Armory, Nov.10

2012年11月3日土曜日

Sandy後その3

近所の行きつけの韓国系スーパーが已然停電で営業停止中である。
ここ最近、このスーパーで売っていた韓国製のあん饅が
我が娘の好物になってしまい、ほぼ毎日食べさせていたのだが、
ついに食べきってしまった。と同時に、かなり基本的な
食材も底をついてきた。

 車で、30分ほど離れたところにある、
この韓国系スーパーの支店は停電を免れ営業しているらしかった。
さらに車で、20分ほどにある"Whole Foods"が
開いているという情報も得た。

今、アメリカ東海岸は、例を見ない、ガソリン不足である。
停電したガソリンスタンドが多く、さらに、
港が破壊され、油そのものが
NYエリアに入ってきていないらしかった。
私の車のガソリンも無駄にはできない。
そこで近いほうの、 "Whole Foods"に向かった。

多くの交差点で信号機は壊れたままであり、通るたびに緊張する。
また多くの道が通行止めになっていた。
そして渋滞に巻き込まれた。
しばらく進むと、前にガソリンスタンドがあって、
給油のために並んだ車の渋滞であることがわかった。
並んでいる運転手のいらだちぶりを見ると、
今日か明日かで電気が復旧してくれないと
よりによっては暴動が起きてしまいそうな感じがして
ぞっとした。警察がこのガソリンスタンドを警備していたのが
印象的だった。

そうこうして”Whole Foods"に着く。

ハドソン川近くにあるこのスーパーが入っているモールの
他の店は停電で営業停止していたのだが、
ここの ”Whole Foods"だけ、
自家発電で普段と変わらない営業をしていたのだ。
新鮮な肉や魚、寿司まで販売していて私、素直に感動した。
これが真のリスクマネジメントというやつなのかと
普段あまり使ったことのない単語を発音してみた。
このスーパー、健康食が売りで、
モノはいいがお値段高めなのがネックだったのだが、
今回ばかりは、お値段高めでも、許せてしまった。
というか、こういう非常時に営業している、
さらには、携帯電話のバッテリーチャージセンターまで設けている
このお店の事が好きになってしまった。
韓国製あん饅があれば、完全に恋してしまったところだったが、
残念ながらそうはならなかった。

あと数日の辛抱、と思いたい。
仕事が週にめずらしく6本も入っていたのが
5本もキャンセルになった私のことはいい。
(一応ぼやいているが)
この日曜に予定されていてNYの代表的なイベントであった
NYマラソンも中止になったのだ。
あん饅の無い生活に慣れる事も人生なのだと
さくらに教えてあげたい。

2012年11月1日木曜日

Sandy後その2

今日、近所を運転してみたのだが、
実は、あちこちで、停電している事を知った。
ある一角は電気がついているのに、
ある一角は電気が来ていない、といった感じだった。
大木はなぎ倒されてるは、看板はふっとんでいるは、
電線は垂れ下がっているは、信号機はこわれているはで、
何事もなかった我が家の事を思い、
(昨年のStorm Ireneが来た時は
屋根が壊れて雨漏りした。)
今回は本当についていたと思い有り難い気持ちでいっぱいである。

歩いて3分ほどにある韓国系スーパーマーケットがあるエリアは
見事に停電していてその辺りのお店はすべて営業停止。
今週末までの食料は確保しているつもりだが、
いつ電気が復旧するのかわからない中、
買い出し先のあたりだけはつけておきたいところだ。

 仕事は今週(めずらしくたてこんで)火水木金日と入っていたのだが、
演奏場所はすべてマンハッタン内だったので、すでに、
火水日とキャンセルになり、明日もどうなるかわからない。
自分の事はまぁいいのだが、(それでもぼやいているが)
それにしても今回の災害の一般市民への被害の大きさは、
尋常でないと実感している。

2012年10月31日水曜日

Sandy後、

家族ともども無事でおります。
今回ばかりはほんとに運がよかったとしかいいようが
ないのですが、家は無傷、インフラも無事でした。
なんともまぁ、色々な事を体験するものです。。。。





2012年10月25日木曜日

最近のSOMIバンドライヴ映像

最近演奏したSOMIバンドのライヴ映像。



こちらは、昨年のライヴ映像。

2012年10月22日月曜日

さくら1歳。

そして、さくらが1歳になった。
まだ自力では歩かないが、最近、突然、
家の階段を這って登りきる芸当をみせ、
飼育係を驚かせた。

食事時間は、いつも格闘するが、
とりあえず、Cheeriosを与えておけば、
大人しくポリポリポリポリしてくれるので、
本当は、お米や野菜を食べさせたいのだけれど、
ずぼらな男性飼育係は、ついつい
Cheeriosを与えてしまう。
まぁ、栄養素も高いし、
それほど悪い食べ物ではないと思うのだが,
それにしてもまるで中毒患者のように
ポリポリポリポリポリポリポリポリ
食べるのである。

この一年は、新米飼育係にとっては、
実に大変な一年ではあったのだが、
よくよく考えると、今後も、ずっと
大変な労働を強いられるわけで、
またここでひとつふんどしを締め直すといいますか、
少なくとも、転んで膝の皿を割らないようにして、
がんばらないといけませぬな。


『Cheeriosもっとちょうだい!』のさくら

2012年10月15日月曜日

 Melisma

ここ数週間、Imani Uzuriさんに頼まれて、
彼女が音楽を担当しているオリジナルミュージカル
"GIRL  Shakes Loose Her Skin"
の全楽曲26曲の譜面書きをしている。

 Imaniさんは、ブラックであることを誇りに思っている感じの
ブラックアメリカンで、 ヨーロッパ人が作った
いわゆる五線譜は信用していない、というか
実際譜面はほとんど読めない。
昨年、このミュージカルの脚本読み合わせワークショップに
参加した際も、彼女は、役者さん達に、
口移しで歌を覚えさせていった。
和音は私がつけた。
今回、彼女は、どこかの財団から奨学金を得るために
この作品の譜面を提出しなくてはいけないらしく、
それで、私に譜面作成の依頼がきた。
とりあえず、歌のメロディーと歌詞とピアノの伴奏譜だけの
譜面なのだが、なかなか骨の折れる作業である。

メロディーに、いわゆるMelismaといったらいいのか、
メリスマ(メリークリスマスの略ではない。)といったらいいのか、
ゴスペルランといったらいいのか、
まぁ演歌でいうところのコブシが多分に使われていて、
それをどの程度譜面に表現すればいいのか、
頭を悩ます。

例えば、あまりいい例でないかもしれないが、
おそらく基本はラーミーレというメロディがあって、
しかし実際にはラーミー(ファーミ)ーレ
と歌われていて、しかもカッコの中の音は
高速で動いていて、その動き方もビートから少し
ずれた感じで歌われている。
これをラーミーレと表現してしまっていいものか。
もし正確に(ファーミ)の部分を譜面におこせたとしても
読む人が混乱しないか疑問である。

このあたりを、Imaniさんに聞いたところ、
アフリカンブラックが主人公のミュージカルにしても
大概、白人の作曲家が書いたメロディーを
アフリカンブラックの歌手に歌わせて、
ゴスペルランを採譜して書き直してそれを
最終的な譜面にしたりしている。
でも私は、どのようなゴスペルランをどういうメロディーに
つければいいかを知っている。
だから、細かく、ゴスペルランを指定したい、
と回答した。それと関連して、
最近の白人歌手は、意味なくゴスペルランを多用して
聞くに堪えないとこぼしていた。

というわけで、かなり細かく
メロディーを書き込まないと行けない感じで
譜面作成中である。

 その一方で、こうしたMelismaというのは、
世界のどこかしこの歌唱法にみられるわけで、
そういうのを調査研究している文献などあれば、
ちょっと読んでみたい。
 演歌にしても、どうやってあのコブシ奏法が
確立してきたのか興味深い。
それぞれの歌い回しに、何か、文化的な
暗号が隠されてはいないかとか。
(大阪のJusoさん説によれば、人間の言語は
鳥の声を真似して開発されたということならば、
歌唱法も鳥からきているのか。その土地に生息する鳥の
声を調べれば、その土地のメリスマが解読できるのかもしれない。)

とりあえずユーチューブで聞きまくったほうが早いか。

2012年10月3日水曜日

大西順子さん。

大西順子さんと言えば、
 自分が明大ジャズ研時代に、『WOW』というCDを聞いて
非常に衝撃を受け、笑っていいとものテレフォンショッキングに
出演されていたのを見て尊敬の念を抱き、

日野皓正さんから紹介された記憶がある。
大西さんが誰を紹介したのかを覚えていない。


トリオのライブも聞いてますます畏怖の念を抱いた方である。

(その時のベースが今年亡くなった嶋友行さんだったのを
覚えている。)

 一時期、活動休止されたのをNYに住み始めた頃に聞いて
どうしたものかと、心配するも、
それがまた最近復帰されて、2年程前に、
Small'sでライヴをされていたのを聞きに行った時も、
研ぎすまされた感じのいい音をだされていて
イェイと叫んだひとりである。


 まぁ、いわば、自分のアイドル的な存在の一人で
あったのだが、引退されるとのニュースを聞き、
(8月に発表されていたのを知らず、最近知って
驚いた者である。)
なんとも寂しい思いである。


自分もなんだか最近どちらかというと
主夫業の方が忙しくて、プロの演奏活動から
引退状態に近いのではないかとも
自分で心配したりもするのだが、
もうちょっと色々と頑張ってみたい。

2012年9月23日日曜日

イタイタイタイタイ

・生後11ヶ月の娘、最近、
『イタイタイタイタイ!』
と叫ぶ事が多い。

最初、どこか身体が『痛い』のかたと思ったが
そうでもないらしい。
 何か『したい』のかと思ったが、
よくわからない。
 誰かが『いた』のかとも思ったが、
はっきりしない。


・日本の両親に孫の姿を見せようと
スカイプするにしても、
娘が起きる頃は日本は夜遅い。
娘が寝る頃は日本は朝早い。
よってあまりスカイプができていない。
先日、娘が朝5時に起きた時、
えぇい、スカイプしてやれぇと
自分を奮い起こして、両親に
『今時間ある?スカイプしよう。』
と電話する。

しかし待てども待てども、コンピューター上の
両親のスカイプ口座がオンにならない。
そのうち、両親から電話がかかってきた。
『どうしてもスカイプが開かないのよ。』
結局、違うパスワードをずっと入力していた事が
判明するまで30分近く電話で両親と交信してしまい、
無料でできるはずのスカイプがなんだかえらく高くついたのだが。
もっと頻繁にスカイプしてあげないといけない。



・因みに、竹島は、
韓国からするとDokdoと英語表記するのだが、
数年前、韓国料理屋さんのテーブルに、
『We Love Dokdo』という文字が印刷された
敷き紙があったのを覚えている。
当時、Dokdoの意味する所を知らなかった私は、
自分の名前との類似性に興奮したものであった。
(”ドトールコーヒー”に興奮した私である。)

領土問題は面倒くさいので、
AKBをに見習って、毎年ジャンケン大会を開いて、
勝った国が、その年の所有権を認めるように
すればいいのではないだろうか。
こういうことを日本の首相が国連総会で提案したら、
頭がおかしいと思われるのだろうか。
 

・NYに住んでいれば大概な人となんだんかんだで
共演する機会があるものだが、先日初めて、
ギターのPeter Bernsteinと一緒に演奏した。
すばらしかったっす。
写真は、大阪のJusoさんによる
Smallsのストリーミングを切り抜き写真。
(Pete Zimmer Group @ Smalls, Sep.20, 2012)






2012年9月11日火曜日

色々な方に出会った日

2012年9月7日(金)から9日(日)に渡って、
Washington DCで、 Celebration of Scienceという、
お医者さんや医療研究者の会合があり、
そのうちの8日(土)にKennedy Centerで行われた
ショーイベントにGenes&Jazzのバンドの一員として参加した。

 Genes & Jazzというのは、
 トランペットのJacob Varmusと
彼の父親のHarrold Varmusによるコラボレーションで、
因みに、Harroldは、癌研究でノーベル賞を受賞されている方。
Harroldが、人間の遺伝子や癌の起きる仕組み等を解説する
一時間強にわたる講義をして、 その時に用いるコンピューター
グラフィクスに、Jacobが音楽をつけて生演奏するといった
プロジェクトである。
 これまで、スミソニアン博物館やボストン科学博物館で
演奏したことがあるのだが、今回は、その講義のごく
一部を紹介する形での出演となった。実際の演奏時間は
8分少々だったように思う。

 さて、このイベントに出演された方々、
実にそうそうたるメンバーで、実際に一日にして
これだけの方々とステージを共にしたことは、
これまでの人生で初めてだったように思う。
記録として、ここに私が知っていて実際に至近距離で
お会いしたというか、少しばかりお話もできた方のお名前を
列挙する。

Whoopi Goldberg ---------気さくで普通にいい方だった。
私の両親も知っているのではないだろうか。おとうさまおかあさま、
あなたの息子はウーピーと同じ州に住んでいる事をこの日に知りましたよ!

Joe Torre---------------レッドソックスファンだが、今年はイチロー加入後、
ヤンキースを応援してます、と伝えた。そうか、と答えてくれた。
それしか答えようがないわけだが。

Babyface------------拙著『ひとりで楽しく弾ける エクセレントソロピアノ』で
アレンジしたChange The Worldの作者。
(というか大プロデューサーであり、素晴らしい歌手であるのは言うまでもない。
自分の本を宣伝しているさもしい私。)
この日、この曲を熱唱してくれた。3歳くらいの娘さんを連れていらしていて、彼が演奏中、控え室のモニターを見て、『He is my Dad!!』と周囲の人に叫んでいたのが私の胸を打った。

Nancy Pelosi--------知っていた政治家。

John O'Hurley------"Seinfield"に出ていたなぁ。

Melissa Manchester------恥ずかしながら知らなかったけど、
我々の演奏後、よかった、と声をかけてくださった。

Stevie Nicks------------全然知らなかったけどショーのトリを努めたくらい偉い方なのね。


 
カメラを持っていたのに関わらず、
全く、彼らと写真を撮る事ができなかった。
Whoopiにいたっては、Genes &Jazzのバンド控え室まで
赴いて挨拶にきてくださったのにも関わらず、
写真を撮ってもいいですか?
と尋ねるのをためらってしまった私。
 日本から来ている一介のピアニスト、何も失うものは
ないはずなのに、何故か、同じショーの出演者として、
あまりプロ的な態度ではないかもという変なプライドが
自分を邪魔をしてしまった。

帰りにバンドメンバーとこの話題になって、
皆、『実は、Whoopiと写真を撮りたかったんだよなぁ。』と
口を揃えていたので、アメリカ人でも同じように
思っていたのかと思い、少々安堵した。
 一生にあるかないかの機会だったかもしれず、
撮らなかったのを後悔する気持ちもある反面、
撮らなくてよかったのだと思っている自分もいる。
でもやっぱり撮っておけばよかったかな。
いやいや、いいんだ。武士の気概だ。

2012年9月1日土曜日

日常生活に戻った私。

NJ州に戻って3週間が過ぎた。
濃厚な育児生活が再開している。

5週間程見ない間に、娘は、
いつのまにか、立ち上がり、伝い歩きが
できるようになっていた。

『おてて、パチパチして?』
と話しかけると、
拍手をするようになっていた。

拍手、という行為が、
生後10ヶ月になるかならないかの人間ができる、
これほど、原始的な動作だということを知らなかった。

演奏家のソロの後にお客様が拍手をするというのも、
演奏家が親で、お客様が生後10ヶ月くらいの感覚に
引き戻される感じなのかしら。
 
観察するところ、娘の好きなものリストトップ3は、
 (ひたすら、触りまくり、なめまくる率が高いという基準で)

1位 ラップトップコンピューター
2位 携帯電話
3位 ピアノ

 である。

よくよく考えれば、コンピューターと携帯電話といえば、
大人が好むものトップ2かもしれない。
(家にテレビがないので、なんともいえないが、
もしテレビがあれば、テレビも上位3位内に入るのだろう。)
 大人も好み、生後10ヶ月の人間も好むものが、
現代社会を動かしているのだ。

ピアノもどういうわけか好きなものらしい。
2ヶ月前は、ペダルをよくなめていたが、
最近は、立ち上がって鍵盤を叩く。
そのうちピアノをやりたがるのだろうか。
自分の練習時間が割かれてしまいそうで
困った問題である。

(因みに、娘の好きなものリスト第4位は、紐であろう。
ズボンのゴム紐、スカートの紐、エプロンの紐、大好きである。
仕事がない時期に入ると、ぼんやりする事の多い私だが、
娘もそんな父親の背を見て育つとすると、
ヒモ好きな子になってしまったりするのだろうか。
駄洒落が現実になる事は、滅多にない事を祈る。)

2012年8月24日金曜日

日本ツアーでの思い出 番外編

ここ数年、帰国の度に、都内にある大東流佐川道場の稽古を見学させて
いただいている。毎回、師範の木村先生の合気の技や教えに
啓発されている。

木村先生は、今、意識と肉体の関係は、想像以上に
大きな繋がりがあるということに着目されているという。

奢ったり、怒ったり、過去や未来の事を思うと、身体は弱くなるという。
謙虚に、許しの境地で、今現在その瞬間の事を思うと、身体は強くなるという。

私自身も先生の実験台にされたのだが、
「百々さん、今、自分が最高のピアニストだと思ってみて。』
と言われて、その気になってみて、
先生が押してくると、私の身体は軽く飛ばされてしまった。
その後、
『今度は、いやいや、自分はまだまだだ、と思ってみて。』
と言われて、その気になってみて、
先生が押してくると、不思議と、飛ばされなかったのだ。
先生の押す力に変わりはないという。
不思議な体験だった。

 これもここ数年の恒例になっているのだが、
道場の稽古終了後 、ピアノの小さなライヴスペースに移動して、
道場の方々の前でピアノ演奏をした。
即興で、『合気の印象』を演奏したのもこれで
3、4回目か。
(1回目に弾いた、『合気の印象』は、
CD『Do You Like Cappuccino?』 に収録されております。)


今回は、特別に、
同じ曲を、普通に弾くのと、
先生に合気をかけられながらの演奏で、
どういう違いがでるのかを実験した。

さらに、門人の方に、霊媒師の方がいらして、
その方に、私のアイドルであるキースジャレットのエネルギーを
注入してもらって演奏したら、どうなるかというのも試した。
ビデオを撮影していたのだが、撮影者によると、
素バージョン、合気バージョン、キースバージョンそれぞれ
波形が違ったという。
私個人的には、3回目に弾いたものは、こなれてきているので、
より自由に弾けるようになっていたかもしれない、という
感じであったのだが、実際どういうことだったのか、
いまだによくわからない。しかし、ミーハーな私は、
個人的にキースのエネルギーをいただけて
嬉しかったのは確かだ。


胡散臭いと思って読まれている方も多いかとは思いますが、
この道場、まじで凄いのです。
人間の未知なる可能性に痺れます。


佐川道場の方々と。

2012年8月23日木曜日

8/25 Music Bird 12:00-13:00

8月25日(土)12:00−13:00 に、
7月3日に行った、六本木AlfieでのJAfroのライヴの模様が、
デジタルラジオ局、 MUSIC BIRDで放送されます。

http://musicbird.jp/programs/live-works/

http://musicbird.jp/

2012年8月17日金曜日

日本ツアーでの思い出 その5(最終回)

結局のところ、タフで明るくいこう、と思ったというか
思わされたツアーであった。


小林陽一バンドで急遽、代役でベースを担当した金森もとい君。
ツアー中、彼は移動中の運転をかなりな割合で担当した。
(運転率 小林:金森:百々=5 : 4.9 :0.1くらいか。
私の運転率の低さは、私の運転能力にメンバーが恐怖を
覚えたからだったのかは私の知る所ではない。)

彼は不運だった。

とばそうとすれば、小林さんから、
『東北自動車道は、震災の影響でボコボコだから、
車痛めないように、ゆっくりお願いします。』と言われ、
ゆっくりいけば、事情を解せない、Vincent&Ericから、
『モトイ、何故そんなにゆっくり走るんだ。
飛ばせ!!』と煽られ、とばすと、小林さんから、
『駄目駄目!!車が壊れたらツアー終わっちゃうからさ!』
と怒られる。するとまたVincent&Ericから、
『モトイ!!!何してるんだ!!!!ここはハイウェイだ!!!
ふかせ!!!行け!!!!』と煽られ、
再び、とばした時に、パトカーにスピード違反で捕まったことがあった。


 静岡で演奏後、東京に戻った時、
ツアー後半だったせいもあり、疲労困憊の小林さんが早々にダウン。
私は、演奏後、Ericのお酒の御伴をしていたために、はじめから運転不能。
車内乗務員すべて眠りこける中、金森君がハンドルを握る。
眠気と空腹に苛まされながらも新宿のホテルに無事メンバーを移送させた。
時すでに深夜3時近く。(金森君、本当にありがとう。)

荷物が多く積み降ろしに時間がかかっている小林さんを残して、
4人でホテルのチェックイン。

金森『小林陽一で5名予約してますがチェックインお願いします。』
フロント『はい。小林様、失礼ですが4名様でのご予約ですが。』
金森『え??? 5名のはずですが。』
フロント『申し訳ありません、小林様4名様で承っております。』
金森『それじゃ、空いている部屋はありませんか?』
フロント『今晩は満室でございます。』
金森『えーーーー!!!マジすか!!!。
   最悪、俺だけ、家に帰れっていうことですか。』

私は、返す言葉がなかった。

極度に疲労した金森君。
いくら都内に住んでいるからといって、これから
また家まで帰るなんて酷すぎる。
相部屋か。
外人さんに相部屋をお願いするわけにもいかないし、
これは、私が彼と相部屋にするべきなのかなと思った。
いやでも、ビジネスホテルのシングルルームで相部屋は正直いやだなーと
思った。
よって、私は返す言葉がでなかった。

小林さんがフロントに来た。

金森『部屋4部屋しかないんですって。
   しかももう満室で他に部屋がないんですって。』
小林『え!!!!、そんなことはないよ。もう一度調べてもらえます?』
フロント『すみません。小林様は、4名様で承っておりますが。』
小林『おかしいな。あ!!小林4名、あと金森で1名で予約してた!!』
フロント『金森様、、、、はい、ご予約承っております。』

高道君がツアーに参加できなくなったことで、
あらゆる予約事項で様々なキャンセル、予約し直しがあったのだ。

安堵する金森君。(相部屋回避できて安堵した百々。)
私は、思わず、
『金森君、遺書書いちゃ駄目だよ!』
 と不謹慎極まりない発言をしたように記憶している。

金森君も、『書いちゃおうかな。でもその前に飯食いたい。』
とチェックイン早々、深夜の新宿に繰り出していった。

(不謹慎流れで書いてしまうが、
事実は事実なのでしょうがないのだが、
小林さんは、今年になって、歴代の自分のバンドのベーシストを
2人、失っているのだ。
その心中やいかばかりか。
それでも、Show Must Go On、
催し物は続かなければならない、
うまい訳文が思い浮かばないのが情けないが、
そういった精神で、このツアーを乗り切った小林さん。
タフの何ものでもない。
マイケルジャクソンばりのムーンウォークを何度も
打ち上げで披露した、来年還暦を迎える小林さんの事を、
私は、とても尊敬する。)


 翌日がツアー最終日。
千葉県香取市に向かう車内。
金森『最悪ですよ、昨夜、食べた弁当屋さんの飯で
あたっちゃいまして、大変でしたよ。』
百々『遺書書くどころじゃなかったね。』
金森『あっ、小林さん、すいません、次のサービスエリアで
止まってください。お腹痛い。』
小林『またー?』

そういえば、金森君、普段から胃腸が繊細らしく、
トイレ休憩リクエストが、バンド内で一番多かったかもしれない。
この日、因みに、演奏終了後の帰路も
彼は、お腹の調子がすぐれず、トイレ休憩が続いた。
Vincent&Ericは、彼のゆっくりな運転に対し、
皮肉的な意味合いもこめて、
『Safety Driver』
という称号を彼に与えていたが、もうひとつ
『Shit Master』という裏の称号も与えていたことをここに記しておく。


それでも全くめげない、明るい金森君の事が
私は好きになった。
こんな作文を書いてしまってごめんなさいね。
愛してますから。許してくださいね。


そう、そう、何を言いたかったかというと、
タフで明るくいかないとなぁと、思ったというか
思わされたという事を
今回の日本ツアーでの思い出のまとめにしたかったのである。


 大震災後の日本というのがどういう状況になっているのか
よくわからなかったし、幸いにも特に被害を被らなかった
自分の立ち位置も曖昧な感じで7月上旬に帰国した私。
4月の膝の皿骨折から回復過程にある中、
体調不安なままツアー開始した私。


しかし、今回、 小林さんや金森君、Vincent&Ericはじめ、
今回のツアーで共演した人達、出会えたお客様を通じて、
なにかこう、じめっとしてる場合じゃない、
タフに明るくいこう、みたいな気になった。
(そういえば、森山良子さんもめちゃめちゃ明るかった。)
そう思えた事が、今回のツアーの一番の収穫だった気がする。
 7月下旬にはだいぶ膝の関節も柔らかくなってきたし。



時差ぼけで早朝に目覚めてしまい、まもなく生後10ヶ月になる
娘が目覚めるまでの時間を利用して書き続けてきた
日本ツアーでの思い出シリーズ、これにておしまい。

2012年8月15日水曜日

ツアーでの思い出 その4(あともう少し。)

Vincent Herringは、Ericとは対照的に、
酒は一切飲まず、打ち上げもほどほどにのタイプであった。

アメリカの大統領選について意見を求められたり、
人間の臓器を売買することについての
ディベートをふっかけられたり、なかなか、
自分の脳みそを刺激させられる人だった。

ただ、たまにしてくれた、
彼が仕事をして来た大物ミュージシャン達の
エピソードは、 大変、破天荒で、大変面白かったが、
破天荒すぎるばかり、
ここに書く事はできないのが残念である。

アメリカ人はよくジョークを披露するが、
彼もその例に漏れず、たびたび、ジョークを話してくれたが、
その中で、一番自分が理解できて面白かったものをここに書く。


『どもりに悩む男性の話。』

長年、どもりに悩む男性が、ある医者に相談にきた。

「な、な、なんとか、こ、こ、このどもり、
な、な、治らないものでしょうか?」

医者は、この男性の、人より数倍大きい男性性器に注目した。

「おそらくあなたの性器の重さが、
言語能力を司る、脊髄に悪影響を与えている。
性器の移植手術を勧める。」

 長年のどもりから解放される事を思い、男は手術に応じた。
手術は成功。
どもりが見事に治った。
 「先生、ありがとうございました!」

 しかし、数週間後、男はまた医者の所に戻ってきた。

「先生。どもりは治ったのですけれど、
妻が、どうも夜の交渉時に不満を訴えるのです。
やっぱり、もとの自分のあれに戻してもらえませんかね?」

医者は答えた。
「す、す、すまないが、も、も、もう、て、て、手遅れだよ。」

2012年8月14日火曜日

日本ツアーでの思い出 その3(まだ続きそう。)

 毎晩、沢山酒を飲んで、翌朝ジョギングするのを日課にし、
移動中は絶えず馬鹿話に花をさかせる。
日本通でもあり、覚えた日本語で歌詞を作って
いつかヒットさせたい野望を持っている。

クールで神経質、僕が思っていた勝手な印象をことごとく
覆してくれたのが、Eric Alexanderであった。

青森五所川原では、酔った勢いで、演奏後、
彼と金森もとい君とで、チューハイを片手に、
コンビニで買った花火を楽しむ等とは、
ジャズ音楽を志した頃の私には、
とても考えられなかった事態であった。


軽井沢のジャズフェスの演奏後、
新幹線で東京まで戻った。
自由席券であったので、バンドメンバー皆
空いている席にバラバラに座った。
 私は、Ericの座った列の後ろに座った。
疲労で東京まで眠っていきたかったのであるが、
Ericと彼の隣に座っていた若い女性客2人との会話が
耳に入ってきて、どうにも寝れなかった。

まず、車内販売員が来た時に、
『ナニカノミマスカ? I buy.』
と彼女達に飲み物をおごるEric。

(おっ、アクションを起こしたのね。)

『What's your job?』
『We work for ANA. 』

(ステュワーデスさんなのかしら?)

『ワタシハEric Alexanderデス。
アナタノスマフォデGoggleシテクダサイ.』

(よくそういう厚かましいお願いができるなぁ。)

『へー、サックス奏者なんだぁ。CDもたくさん出てるのねぇ。』

(普通は知らないよなぁ。)

『リョーコシッテマスカ?』
『リョーコ?』

3列ほど前に座っている小林陽一さんに大声で、
『Hey Koba! What's Ryoko's family name?』
 『MORIYAMA』
『Right, Look at this photo.』

(能登のジャズフェスの打ち上げで撮った
森山良子さんとの写真を見せてるのかしら?)

 『森山良子さんだ!』
『へー、すごい。』

(ここでようやく食いついてきたみたい。)

『私、直太朗好きなんだ。』
『直太朗いいよね。』

(結局、Ericより直太朗が一番?』

これにもめげず、彼女達が下車する上野駅まで、
Ericはひたすら自己アピールを続けていた。

東京駅到着。
Eric、新幹線改札口出口手前で立ち往生。
 
『Koba。本当に俺に切符くれたっけ。』
ズボンのポケットを探す。
  『俺は、なくすはずはないのだが。』
 カバンを開けて探す。
『おかしいな、どこにもない。』

結局、小林さんが駅員に話をつけて
事なきを得た。

人となりは、まったくイメージだけで
とらえてはいけない、と思う。

2012年8月12日日曜日

日本ツアーでの思い出 その2(その3もありそう。)

小林陽一さんのツアー24本のうち、
3本、お休みをいただいていた。
そのうちの2日間、NY時代からお世話になっている井上智さんと
一緒に演奏する機会をいただいた。

7月16日(月)に井上さんと銀座のNo BirdでDuo演奏したのだが、
その帰りの中央線の四谷駅ホームで、シンバルケースを背負った
ドラムの横山和明君に会った。
彼とは、4、5年前に、井上智さんのツアーで
一緒に旅したこともある。
数日前のJAfroのショーに見に来てくれた
ばかりであったので、今回は、よく彼に会うなと思った。

『あれ、横山君じゃん、仕事帰り?』

彼は、少し浮かない顔をしていた。

『百々さん、実は、、、、、。』

四谷から彼の住む国分寺まで、ずっとベースの高道君の話になった。

この日、彼は、リンヘイテツさんのピアノトリオの仕事で
赤坂Bフラットで演奏だった。ベースが 高道君の予定だった。
ところが、彼が来なかったという。
電話してもつながらない。
リンさんによれば、前日もメールで入り時間を確認していたのに
返信がなかったという。
高道君は仕事に関しての連絡は、数秒後に返信が返ってくる人だった。
横山君によれば、ここ最近の高道君はとみに暗かったという。
奥さんと別居中という話もこの時初めて聞いた。

携帯メールの時代に、2日間連絡がとれないという事態は、
そうそう考えられない。
交通事故だったとしても、なんらかの方法で連絡がつくはずだ。

僕は、この時に、とても嫌な予感がしていた。

 (今回、7月頭に帰国していたのだが、
7月20日から高道君と、小林陽一さんバンドで
東北ツアーの予定だったし、どうせそこで会えるからと思い、
彼に連絡をしていなかったことを悔やむ。)

 家に帰って、彼の携帯電話番号を探したが見つからず、
とりあえずメールを入れてみた。
 翌朝の17日、小林陽一さんに、横山君からの話を伝え、
高道君に連絡してみてくださいと電話をした。

17日は、小林さんのバンドで、森下文化センターで
コンサートだった。
会場入りした時に、小林さんから、
リンさん経由で、高道君の奥さんに連絡がついて、
奥さんが高道君の自宅に様子を見に行くという話を聞いた。

 演奏後に、小林さんから高道君の死を知らされた。
小林さんは、サウンドチェック時に、リンさんから
すでに連絡が入っていたそうだが、敢えて、その時は、
僕に知らせなかったと言われた。

翌日18日に横山君から高道君の葬儀の情報のメールを
いただいた。

2012年8月11日土曜日

日本ツアーでの思い出 その1(その2以降があるのか知れず)

今回の日本ツアーでの思い出。

7月上旬。
自分のライブで配るアンケート用紙をコピーしようと、
実家近くのコンビニへ。
コピー機のコイン投入機に30円が入っていた。
少し、周りを見渡すが、飲み物を探すお客さんが一人いるだけであった。

これも何かのご利益と解釈し、この30円を頂戴し、
さらに500円を投入した。

作業開始1分ほどしたころであろうか。
30代くらいの男性が店に入ってきて、
私の所に来た。

『あの、おつりを30円取り忘れてました。』

(マジ。。。?)

若干、なんともいえない冷や汗を脇の下にかくものの、
『あ、すみません、お返しします。』
 と何食わぬ顔で、財布を開ける私。

ところが、私の財布に細かいお金がなかった。
さらに嫌な汗が脇の下を駆け巡る。

しょうがないので、コピー機を止め、
おつり返却ボタンを押し、そのうちの100円玉を彼に渡す。
すると、彼は、その100円玉をつかむや、
何も言わずに、直ちにコンビニから立ち去ったのだ。

あっけにとられる私。
お礼の一言もないなんて。
30円得したと思ったら70円損したのである。
これも何かの天罰なのかと思い、アンケート用紙のコピーを
再開したのである。

7月下旬。
小林陽一バンドで車で移動前に立ち寄った新宿の自動販売機。
おつり返却口に10円玉が3枚入っていた。
少し、周りを見渡すが、特に、この自動販売機に
視線を注いでいる人は見当たらなかった。
結局、私はこのツアー中、40円、損したのだ。

2012年8月7日火曜日

ツアー終了!!

7月3日から8月5日まで、
計32本の日本ツアーの全日程が終了!!


知らなかった場所にたくさん行けた。
たくさんの人に出会えた。
たくさんピアノを弾いた。
(飲み助のEric Alexanderにつきあってさくさん焼酎を飲んだ。)
ハル君が逝っちゃったのが残念だったけど、
いい思い出がたくさんできた。


皆さんの支えがあって、こういう幸せな体験が
出来た事を心より感謝いたします。


 静岡Life Timeの慶喜公ゆかりの鯉と
 香取Jazz Festivalのスタッフの方々と
香取Jazz Festivalにて









2012年7月30日月曜日

小林陽一ツアーその2

この3日間の動きは、なかなか激しいものがあり、
後世のために一応ここに記しておく。

7/26
岩手一関から7時間かけて車で東京の武蔵野スイングホールで演奏。
その後羽田空港近くのホテルに宿泊。

7/27
早朝に羽田空港からモンタレージャズin能登 へ。

7/28
能登から金沢。
金沢から越後湯沢。
越後湯沢から高崎。
高崎から軽井沢へと
4本の電車を乗り継ぎ軽井沢ジャズフェスへ。
演奏後、東京に戻る。


高道君のお葬式でも多くのミュージシャンに出会えたのだが、
やっぱりジャズフェスで沢山のミュージシャンに会った方が
何百倍も楽しい。
いよいよ小林陽一バンドツアーもあと1週間!


 一関ベイシーにいた謎のダンサーと。
 モンタレージャズフェスティバルin能登、ステージからの風景。
ジャムセッションで森山良子さん綾戸智絵さんChikaさんと一瞬共演。


森山良子さんと小林陽一バンドの面々@能登




2012年7月25日水曜日

小林陽一ツアー その1

途中、ギターの井上智さんとのライヴを2本はさんで、
小林陽一さんの『Kizuna』ツアー中。
10本終了し、残り11本。
丁度折り返し地点に入りました。

演奏中にブレーカーの故障で真っ暗な中で演奏したり(埼玉寺島農園)、
このツアーに参加予定だった友人のベーシストが突然死んだり、
彼のお葬式に参加した後にNHKFMの公開録音に臨んだり、
那須塩原に朝9時集合で車でいくところ、
電車を乗り間違え、郡山に行ってしまい、
結局、単身で青森五所川原に電車旅をしたり、
その五所川原のどこかの河原で、
酔っぱらったEric Alexanderと金森もとい君と花火遊びをしたり、
秋田Cat Walkで演奏した時に、
埼玉川越に住む高校時代の同級生が偶然出張で秋田市に来ていて、
きりたんぽをつまみながら久々に飲んだり、
旅ならではの色々な思い出を作っています。

それにしても、小林陽一さんはタフだなぁと、
Vincent Herringも毎日安定して強力に演奏するなぁと、
Eric Alexanderは毎日酒飲んで毎日ジョギングしてマッチョだなぁと、
金森もとい君は、全然酒飲まないのに毎朝お腹こわしてるなぁと、
感服しております。

僕はなんだか幸せです。

大久保Boozy Museにて。井上智&植田典子
森下ホールにて。岡崎好朗,井上陽介&Vincent Herring。
秋田へ移動中。

2012年7月23日月曜日

高道晴久君

一昨日から今週末まで、
小林陽一さんのバンドで一緒に旅をする予定だった。
そもそも小林さんに僕の事を紹介してくれたのも彼だった。
綾小路きみまろの面白さを僕に紹介してくれたのも彼だった。
3年前、4年前に自分のトリオで一緒に日本を旅行演奏した。
2007年に長野の上田ジョイントでトリオで出演させていただいた時、
僕が英語でMCをして、彼が固い日本語同時通訳をするという
おふざけをやったこともある。
もっと昔だと、クレオパトラズニードルで年越しライブで
彼と、トリヤマタケさんと長谷川朗君で一緒に演奏した事もある。

そんな彼が突然逝ってしまった。
(トリヤマタケさんと同じ方法で逝ってしまったのが
何とも言葉に詰まる。)

普段外国生活している僕が、日本で、
彼のお葬式に参加できたのは、
ある意味幸運だったかもしれない。

どんな人もいつか死ぬ。
いつ死ぬかの問題だけだ。
彼は割と人より早く逝ってしまっただけだ。

それはわかっているつもりだが、
こうしてまた友を失う体験は、
自分を容易く納得させられるだけの
根拠に乏しい。

あまりに突然だっただけに
なんだか彼が本当にこの世からいなくなったのか
どうも現実感がない。
棺の中にいた、少し膨張してしまった彼の顔に触れ、
その、ひんやりした感触を自分の手に
覚え込ませたものの、
いまだに、何かの悪い冗談のように思う。

 せめて、今週末まで一緒に東北ツアーしてから
逝ってもよかったんじゃないかなぁと
僕は、ぽかんとした感じで、駄々っ子のように
ないものねだりしてしまう。


こんな写真もあった。。。
上田ジョイント出演の際、彼は集合時間に大幅に遅刻してきて、
僕に土下座する写真を上田城をバックに
撮影したのだ。(手前がハル君、奥が中村雄二郎君。)

ちくしょう、寂しいぜ。

2012年7月13日金曜日

JAfro Tour 終了!

小川慶太君に変わって、JAfroツアー最後の3日間、
ドラムを演奏してくれた石若駿君(写真右)。
来月20歳になる、現役の芸大生。
見事に音楽を創ってくれた。
もの凄い才能が現れたものだと思った。
これは事件なんじゃないかとも思った。
出会えて嬉しかった。
最終日の新宿Pit Inn。
Tokuも飛び入りしてくれて千秋楽。
応援ありがとうございました!!!!
今日から小林陽一さんバンドツアーです。



こちらはPit Innのツイートリンクです。
スライドショー

2012年7月10日火曜日

Week 1 終了



4年ぶりの新作『JAfro』の発売記念ツアーとして
東京Alfie-Naru-名古屋Lovely-三重Kenny-京都Naadam-大阪Mr.Kelly'sと演奏。


昨年、このトリオで日本ツアーした際、
新潟から名古屋の移動中に3/11を体験。
その余波のショックのままアメリカに旅立った。
今回、帰ってくる際、いったい日本はどんな案配なのか
不安があった。
ツアー第一週で訪れた場所は、直接的な被害は
少なかった地域だったわけだが、
街並、人の様子を見て、表面的には、
何も変わっていない様子で
ほっとしたというのが正直な感想だ。


ただし、昨年、東京でのライヴにいらしていた知り合いの方が、
今年、大阪のライヴにいらしてくださり、聞いてみると、
放射能の影響も考えて、実家の大阪に戻ってきたと言われ、
個人レベルでは、様々な変化を3/11は及ぼしているのだろう。


当たり前に享受できていた楽しいことというのが、
ひとたび災害や事故(4月の右膝骨折)などで、
実は、当たり前ではなかったことを
知る体験を私はしたと思っているのですが、
今回、こうして好きな音楽を好きなメンバーと好きに演奏できていること、
本当にありがたく思っております。


Week 2の百々徹トリオの東京公演
(吉祥寺Sometime, 青山Body&Soul,新宿Pit Inn )は、
ドラムが小川慶太君に代わり、石若駿君が演奏します。
(小川君は、南米のコロンビアでのオペラプロジェクトで
演奏するために旅立ちました。)


写真は、ラジオNikkei の「テイスト•オブ•ジャズ」のインタビュー時の様子。
こちらのブログもお楽しみください。
http://www.radionikkei.jp/music/jazz_program/
http://ameblo.jp/yamamoto-kaoru/entry-11296380226.html

2012年7月5日木曜日

『JAfro』発売開始!!!

4年ぶりの新作『JAfro 』が7月5日より発売開始です。
応援宜しくお願いいたします!!


2012年7月4日水曜日

日本ツアー2012始まる。

というわけで、7月3日より、日本ツアー、スタートいたしました。
応援宜しくお願いいたします。
スケジュールはこちらです。
http://torudodo.blogspot.jp/2012/05/july-schedule.html

写真は、6月30日に行われた、
SOMIバンドのCelebrate Brooklynのコンサートの模様。

2012年6月28日木曜日

Melancholy Cats

Next Generation Jazz Orchestraという、アメリカの高校選抜ビッグバンドが、
毎年、日本でツアーをしているのだが、今年、このバンドが、
私の『Melancholy Cats』を演奏するという。

私、バークリー留学時代に3曲、ビッグバンド曲を書いたのだが、
『Melnacholy Cats』はそのうちの一曲で、 ありがたいことに、
卒業してからだいぶ時間が経つが、バークリー音大のGreg Hopkins教授率いる
コンサートジャズオーケストラで、今でもしばしば演奏されているようで、
『XM Radio Sessions』というCDにも収録されていて、
これを聞いた、Next Generation Jazz Orchestraの指導者の方が気に入って
今年演奏していただく運びになったとのこと。

さらに偶然なのだが、7月28日にNext Generation Jazz Orchestraは、
モンタレージャズフェスティバル イン 能登で演奏するのだが、
この日は、私も小林陽一さんバンドで演奏予定になっており、
時間が会えば、私自身、彼らの演奏を生で聞けるはず。
有り難いとはこのこと。

因みに、バークリーバンドがこの曲を演奏した映像があります。
これをここに貼っておきます。

(因みに、『Melancholy Cats』というのは、私が所属していた
明治大学のジャズ研究会の名前であり、1999年に
日本で発売された自主制作盤 (廃盤)のタイトルでもあります。)

2012年6月22日金曜日

0度&132度

Knee Braceを外した4週間前、
私の右膝は、まるで『へ』の字のように、
曲がったまま固まってしまっていた。
歩行にも苦労し、当初、一生このままに
なってしまうのかと焦った。

最初のPhysical Therapyで計測してもらったところ、
膝を伸ばしても、19度。
膝を思い切り曲げても、89度。という状態であった。
その後、4週間が過ぎ、Therapy sessionを重ねて10回目にして、
膝は、伸ばした時に、0度(ぴたっと床に膝の裏が着く状態)
曲げの方は、132度まで回復した。
歩行も若干バランスの悪さを感じるが、ずいぶんと楽になってきた。
今後は、自力で、エクササイズを継続して
関節の柔軟性、右足全体の筋力アップをはかっていくことになる。

大概、何かが起きるのには理由があると思うのだが、
今回の、膝の皿の骨折に関しては、
『骨折り損のくたびれ儲け』という言い回しの正当性を
再確認するためだけに思えてしまうのだが、
 強いて、何か、今回の経験から学べる事といえば、
『柔軟性というのは、無理矢理柔らかくする事で
身に付く。』
ということか。

一度固まってしまった膝の関節というのは、
無理矢理、腕の力を使ってでも、曲げていったり
伸ばしていかないと、もとに戻らない事を
身にしみて覚えた。
人間の身体は、何もしないと、固まろうとする。
そうさせないためには、常に、動かしていかないといけないのだ。
毎日、無理矢理曲げ伸ばしをやったうえで、
歩行もスムーズになってくる。

 これを音楽に無理に関連づけようとする自分がいるのだが、
例えば、自分の音楽性とか素養とかは、
無理矢理でも色々なものを聞かないと養われないのではないか。
バッハやマイルスだけ聞いていても駄目なのだ。
AKB48やHKT48も聞いてみないと
少なくとも日本で、話についていけない気がしている。

2012年6月15日金曜日

『JAfro 』 7月5日(木)発売!!!!!!

お知らせでございます。大文字でタイプいたします。

私の4年ぶりの新作CD『JAfro』が
7月5日(木)に日本で発売となります。
すでにHMVAmazon.co.jp等で
予約受付開始しています。


演奏者:
百々徹(piano)、中村恭士(bass)、小川慶太(drums&Percussion)

ジャケットデザイン:永本冬森

よろしくどうぞ!!!!!!!!

2012年5月26日土曜日

リハビリ開始。

怪我して以来、右膝に6週間程はめていた
Knee Braceをはずすことになった。
膝の怪我はやっかいである。
骨がつきました、はい明日からすぐ日常生活オッケーとは
いかないのである。
私の右足は、すっかりやせ衰え、
まっすぐピンと伸ばすこともできず、
曲げても80度くらいしか曲がらない。
歩き方も忘れてしまったかのようにぎこちない。

 医者からPhysical Therapist(理学療法士)を紹介され
昨日1回目のセッションに行った。

『どんどん曲げていかないと関節はどんどん固くなってしまう。』
とアジア系の女性Therapistに警告された。
足の裏にひもをひっかけ、そのひもを両手で無理矢理にひっぱって
膝を曲げて行く。原始的な方法だがこれしかないらしい。
途端に全身から汗がふきだす。
イタキモというのと違う、イタイタである。
ぐったりしてしまったが、 計測したら膝は97度まで曲がっていた。

『膝は曲げることより、伸ばす事の方が難しい。』
ということで、家で椅子に座っている時には、
常に右足のかかとをコーヒーテーブルにのせて
 重力で膝を伸ばしていくようにと指導された。
(この作文も、そのような姿勢でタイプしてます。)

 日本ツアーをおよそ1ヶ月後に控え、
なんとかしたいものであります。

2012年5月15日火曜日

仕事復帰

『あなた、「野生の王国」見てた? 
シマウマでもね、ライオンでもね、
足を骨折したら、それは自然界では死を意味するの。
膝の皿を割ったあなたは、本当だったら、
もうすでにハイエナとかに襲われてあの世にいるはずなの。』

と妻にこの一ヶ月強、ことあるごとに諭されてきました。
本当にこれは笑えない話です。
労災のない自由業の人はひとたび、怪我や病気で働く事ができなくなると
ハイエナに食われることはないにしても、
ハイエナのような借金取りがやってくるのは確かだと。

焦ってもしょうがないのですが、それでも、
のんびりともしていられない、そういう気持ちで、
リハビリの日々。

現在、未だに自力では膝の曲げ伸ばしはほとんど自由に
できていないのですが、膝に医療用のサポーター
をつけた状態であれば運転や、杖無しで歩けるまで回復してきまして、
昨日より仕事にも復帰しました。

まだまだ膝の完治には時間がかかりそうですが、
とりあえず明るいきざしが見えてきました。

『でも僕が死なないのは、おまえがいてくれるからだよ。
Happy ”New" Mother's Day to you!』


「言ってもない事ここによくしゃーしゃーと書けるのね。
あなた全然、今回の事の深刻さがわかっていない。」
と後からこれを読んだ妻からこっぴどく怒られるのが目に見えてますが、
しかし、妻には本当に感謝しているのですってば。

2012年5月11日金曜日

7月の予定 最新版

7月、ギターの井上智さんとデュオライヴが加わりました。
7/16(月) 銀座No Bird
 7/21(土) 大久保Boozy Muse
以下が、最新の私の7月の予定表でございます。

JAfro (百々徹、中村恭士、小川慶太)

7/3(火)六本木Alfie
7/4(水)お茶の水Naru
7/5(木)名古屋Jazz In Lovely
7/6(金)松阪Kenny
7/7(土)京都精華町Naadam
7/8(日)大阪Mr.Kelly's

百々徹Trio(百々徹、中村恭士、石若駿)

7/10(火)吉祥寺Sometime
7/11(水)青山Body&Soul
7/12(木)新宿Pit Inn

小林陽一
GOOD FELLOWS(小林陽一、Vincent Herring, Eric Alexander, 百々徹)

7/13(金)新宿Pit Inn
7/14(土)埼玉川越Milky Wave
7/15(日)埼玉日高市寺島農園
(7/16(月)銀座No Bird------------------井上智Duo)
7/17(火)東京江東区森下文化センター
7/18(水)東京東大和市ハミングホール
7/19(木)NHKFMセッション2012公開録音
7/20(金)目黒Blues Alley
(7/21(土)大久保Boozy Muse---------井上智Duo )
7/22(日)青森五所川原オルテンシア
7/23(月)岩手盛岡スペイン倶楽部
7/24(火)秋田Cat Walk
7/25(水)秋田能代Borneju
7/26(木)岩手一関Basie
7/27(金)東京武蔵野スイングホール
7/28(土)モントレージャズフェス in 能登
7/29(日)軽井沢ジャズフェス
7/30(月)群馬伊勢佐木 蔵きつねくぼ
8/1(水)山梨甲府 Cotton Club
8/2(木)愛知豊田Keyboard
8/3(金)兵庫芦屋Left Alone
8/4(土)静岡Life Time
8/5(日)千葉香取 富士屋ホテル別館開花亭

2012年5月4日金曜日

膝の皿の骨回復。

転倒後3週間が過ぎて、レントゲン検査の結果、
割れた右膝の皿の骨(膝蓋骨と言うのですね。)
がようやく再生されたようです。
リハビリを開始しました。
松葉杖を使って、両足で歩く練習。
右膝を段々に曲げていく練習。
今月中の復帰を目指します。


http://www.kouishogaipro.com/syobyo/cat495/のサイトから勝手に図借用。


2012年4月27日金曜日

転ぶ時

振り返るに、私、この3年で3回、派手に転んでいる。
分析するに、どうも、浮かれている時に転ぶ傾向がある。


3年前、BronxからNJ州Fort Leeに引越しが完了した日、
階段を踏み外して足を軽く捻挫と頭を軽く打った。
打ちどころが悪ければ、引っ越した当日に引っ越した先で亡くなる可能性もあった。
思い出すに、私は、引越しを終え、新しい住処に満足し、陽気になり
鼻歌まじりで階段をピョンピョンと跳ねながら降りていたのだ。
そして足を滑らせたのだ。


昨年、TOKUツアーの初日、宿泊していた京都のホテルの玄関前で
転び、右足の外側の骨にひびが入った。(診察を受けたわけではないが、
痛みのレベルからして確実に骨折していたと思う。)
下手すれば、 ツアーに参加できなくなる可能性もあった。
思い出すに、私は、京都に前乗りしていて、
湯豆腐をごちそうになったり、京都を堪能していたうえに、
東京から到着したばかりの共演メンバーと合流できる喜びに満ちあふれていた。
玄関前で待っているという連絡を受け、小走りで玄関を出て、
メンバーが左側にいるのを見たとたん、玄関先の段差を踏みちがえ、
転んだのだ。


そして、今年4月。Fort Lee。ジョギング中に転び、
右膝の皿を割る全治4−6週間。
危うく、手や指を痛めた可能性もあった。
思い出すに、私は、この日走りはじめた矢先、
『そういえば、ちょうどジョギングをはじめて1年がたったなぁ。
はじめの頃は、すぐ息があがっちゃったけど、今では
8kmは走れるし、だいぶ心肺機能や脚力も向上したなぁ。
目指せ、猫ひろしだ、ニャー!』等と思いを巡らしていた。
コース終盤の交差点を渡ろうとしたものの車が接近していたので、
急に左折を試みたその矢先に転んでしまった。


しかし今回は、浮かれ度は前2件に比べていくぶん低かったと思われるのに
怪我のレベル、周囲にかけた迷惑レベルがとりわけ高く、
いまひとつ、 しっくりこないところもある。
どういうわけか神様は、私に、こういう試練を与えてくれるわけだが、
一体何を学べというのだろうか。
私はスポーツはやめた方がいい、というメッセージなのだろうか。
少なくとも私のロンドンオリンピック出場の夢は途絶えたことは確かだ。

2012年4月23日月曜日

広瀬未来レコーディング


4月21日。トランペットの広瀬未来君の2枚目のCDレコーディングに参加。
(写真左から、Aidan, Miki, Jerome, Toru & Xavier)

実は、私、情けない話なのですが、
2週間前に、ジョギング中に転倒し、右膝の皿を割ってしまい、
医者から全治4−6週間と宣告され、現在、人生初の松葉杖体験中といいますか
療養中でございます。

昨年の4月頃から週3、4日ペースでジョギングを続けてきていたのですが、
健康のためにやってきたものが、逆に、今回、自分と家族、私の関係者の方々に
多大な損害とご迷惑をおかけしてしまい、なんとも、心苦しい次第です。

幸い、(左手の甲にはたくさんのすり傷を負ったものの)
手や指は無事で、ピアノ自体は弾けるのですが、
仕事場に自分で向かえない状況で、今月の仕事は、
この広瀬君のレコーディング以外すべてキャンセルさせていただきました。

なにしろ、自分で満足に下着も履けない状況。
妻の介護なくして私、何もできない有様。
6ヶ月になった娘の方が、40歳の自分よりも
自由に転げ回っている姿を見て、絶対彼女より早く
ハイハイができるようになる、歩けるようになると、
自分に言い聞かせております。

 (来週、病院に行き、そこで順調に骨が回復しているのであれば、
膝の周りの固定器具を外して、リハビリを開始する予定です。)

広瀬君のレコーディングは、そういうわけで、
ちょっと特別な心理状態で臨んだといいますか、
サステインペダルは左足を使ったといいますか、
個人的に思い出深い作品になるのは間違いない感じです。



2012年4月15日日曜日

7月の予定。

7月から8月頭の予定です。


JAfro (百々徹、中村恭士、小川慶太)

7/3(火)六本木Alfie
7/4(水)お茶の水Naru
7/5(木)名古屋Jazz In Lovely
7/6(金)松阪Kenny
7/7(土)京都精華町Naadam
7/8(日)大阪Mr.Kelly's

百々徹Trio(百々徹、中村恭士、石若駿)

7/10(火)吉祥寺Sometime
7/11(水)青山Body&Soul
7/12(木)新宿Pit Inn

小林陽一
GOOD FELLOWS(小林陽一、Vincent Herring, Eric Alexander, 百々徹)

7/13(金)新宿Pit Inn
7/14(土)埼玉川越Milky Wave
7/15(日)埼玉日高市寺島農園
7/17(火)東京江東区森下文化センター
7/18(水)東京東大和市ハミングホール
7/19(木)NHKFMセッション2012公開録音
7/20(金)目黒Blues Alley
7/22(日)青森五所川原オルテンシア
7/23(月)岩手盛岡スペイン倶楽部
7/24(火)秋田Cat Walk
7/25(水)秋田能代Borneju
7/26(木)岩手一関Basie
7/27(金)東京武蔵野スイングホール
7/28(土)モントレージャズフェス in 能登
7/29(日)軽井沢ジャズフェス
7/30(月)群馬伊勢佐木 蔵
8/1(水)山梨甲府 Cotton Club
8/2(木)愛知豊田Keyboard
8/3(金)兵庫芦屋Left Alone
8/4(土)静岡Life Time
8/5(日)千葉香取 開花亭

(ベースは、井上陽介、高道晴久、金森もといが予定。
7/17&7/21 ゲストに大野俊三。
7/16、21、31も公演予定されてますが他のピアノの方が
演奏します。詳しくは小林さんのサイトをご参照ください。)

2012年4月6日金曜日

CD 三昧 でなく3枚

私がピアノ参加させていただいたCDが日本で、
今月末から来月頭にかけて3枚立て続けに発売されます。
どうぞよろしくお願いいたします。


4月20日発売



"Kizuna" 小林陽一 Good Fellows USA & JAPAN

----Vincent Hearing, Eric Alexander, Yasushi Nakamuraが参加。






4月25日発売(訂正:5月16日発売に延期)



”And It Begins" 平麻実子

-----平麻実子さんのデビューアルバム。ヴォーカル&ピアノデュオで、一曲、広瀬未来君が参加。




5月2日発売



”Music Loves You" Aisa introducing I.H.O.

-----東日本大震災チャリティーCD。『Brooklyn アイノアイノウタ』に参加。



(追伸)
*自分の新しいCDも準備中です。今年中に発表したいと思っております。

*7月に、小林陽一さんの日本ツアーに参加します。

*7月に、小林陽一さんの日本ツアー前に、私のバンドの日本ツアーも行います。
日程近く発表いたします。

2012年3月31日土曜日

ちょっとだけプラス。

その日、仕事がある時、
必ず、何か一つは変な事が身に降り掛かる、ということはないだろうか。

大雨であったり、
渋滞に巻き込まれたり、
駐車場所がなかなか見つからなかったり、
ギャラの支払いが後日払いだと判明したり。

報酬をもらう代わり、何か一つは犠牲にしている気がするのだ。


ところが報酬の発生しない休日でも何かあるものだ。

買い物の途中で財布を忘れていることに気づいたり、
ジョギング中に急激に便意を催したり。
家のトイレが壊れたり。


報酬もないのに、何か犠牲を生じるこの現象、
なんとかならないものか。
(娘と濃密に過ごせる時間が報酬? なるほど。)


そんなこんなで、休日の昨日は、
昼寝をしていたら、急に消防車のサイレンで起こされて、
窓を見れば、なんと、家から20メートルくらい離れた角にあるお宅が燃えていた。
風向き次第では、我が家にも飛び火するのではと思われる距離。
消防隊員のお力で見事1時間半くらいかけて鎮火した。
火元の家は半壊。隣の家も一部焦げてしまっていた。


超平和なNJ州Fort Leeの超近所で火事が起きた事にまず動揺し
もし仮に、我が家が火事に巻き込まれたら、
一体どうしたものかと想像してぞっとした。
火事に見舞われた、着の身着のままで飛び出した住人が、
警察官に囲まれておろおろしている姿を見て、
大変気の毒に思った。
(地震津波放射能で家を追われた日本の方々の事に
想像が及んだことは言うまでもない。)


人生は常に、思わぬ災難に見舞われる。
それはもうしょうがない事だと思っているのだが、
最近は特に、一日一回は何かすぐ這い上がれるような
小さな災難に積極的にはまっておけば、
逆に、大局的に見れば、その日はうまくいった日になる、と思うようにしている。


今日は、仕事に行く前に、スタバでコーヒーを買ったのだが、
車に乗る時、うっかりコーヒーをジャケットにこぼしてしまった。
若干染みがついたかもしれぬが、
『これで、今日はいい日になる。』
とポジティブになり、実際、いい仕事ができた一日になったのだ。


問題は、その日、特に何も問題なく過ごせてしまった場合だ。
後日、何かとんでもない事が襲いかかってくるように思え、
どうにも落ち着かない。


まぁ、心配しすぎてもしょうがない。
人生とは、まぁ、大きく見て、いい事もあれば悪い事もあって、
だいたいプラスマイナス0なのではないかと。
でもなるべくプラスがちょっとだけあればいいなと、せこく願っている次第。
とりあえず火の用心火の用心。


(追記)
地元のニュースサイトにこの火事の記事と写真を発見。
とりあえず住人も消防隊も皆無事ということでよかった。

2012年3月22日木曜日

あれから2年、あれから1年。

一昨年のブログ
再生

去年のブログ
2011年3月11日(金曜日)

あれから2年が経ち、あれから1年が過ぎたのだ。

2012年の3月。

最近、寝返りをマスターし、お気に入りの象の人形(パオちゃん)と無邪気に戯れる
自分の遺伝子を受け継いだ小動物(近所を散歩中、道行く人から、
可愛い坊やだと言われるが、メスである。)を目の前にして、
この2年間に体験した事を振り返ると、
なんとも言葉にできない思いにただ呆然とさせられるのである。


あれからもう5ヶ月が過ぎたのだ。

2012年3月10日土曜日

Michelle Walker Recording


歌手のMichelle Walkerのレコーディングに参加。
といいますか、あたくし、音楽監督を彼女から任されてまして、
この1ヶ月半ほど、アレンジから何から準備していたもので
ようやくこの日が来たか、という感じでありました。
アメリカ人のリーダー作の半プロデューサー的な依頼は、
初めてであり、なんといいますか、仕事している感を味わっております。
今回は、増尾さんのペンシルヴェニア州にある自宅スタジオにて2泊3日で
バンド録音を完成させ、後日、歌入れをする予定。

(増尾さん宅宿泊中、近所で、午前中にジョギングをしたのだが、
野生のシカが4頭、40メートルほど離れた所を疾走していた。
シカと共に走るなんてと驚いた。その事を増尾さんに伝えると、
この辺はキツネ、タヌキ、熊も出るよ、と言われ、
少々、ビビった次第。)

写真、左から、Joel Frahm, Michael O'Brien, Ron Affif,
Michelle Walker, Toru Dodo, Willard Dyson

2012年2月29日水曜日

うるう年は家計が潤う年であればなぁと。

・先日、歌手のImani Uzuriに呼ばれてJoe's Pubで演奏したのであるが、
その際、詩人のSonia Sanchezにお会いした。
(この日のJoe's PubはSoniaがフィーチャーされた企画であったのだ。)

昨年、オリジナルミュージカルワークショップに参加した際に、
物語のベースになった”Shake Loose My Skin”という詩の作者である。
黒人解放運動や女性の権利向上に努めた功績があり、
Imaniはじめ、この日出演した他の黒人演奏家達は、一様に
多大な敬意を示していた。
私は、恥ずかしながら、彼女の事をよく知らず、
よく知らないとお会いした時の有り難みというのが
よくわからないもので、Imaniと共に楽屋に挨拶に行った際に、
何を話していいものやらで、なんとも居心地の悪い感じであった。
黒人解放ではなく今この楽屋からの私解放運動をしたくなってしまったのだが。


因みに、この日の会場のピアノの調律者が、ここ2、3年
自分のピアノの調律をお願いしている方だったので、
『あれ、ここの調律もしているの?』
『そうなんだよ。たまにだけどね。今日は何のショーなの?』
『Imaniさんとデュオなんだけど。そういえば、髭を伸ばしたんですね、
感じが変わりましたね。』
『そうそう、冬は暖かくていいんだよ。』
みたいに、会話が進んだのだが。



・最近、一緒に浸かって娘と入浴を始めたのだが、
日本の浴槽と違い、底が浅いバスタブなので、
娘の身体を支える際、どうしても、お互いの股間が触れ合う
体勢になる。一応、タオルを自分の腰回りに巻いているものの、
このポジション、端から見ると、父娘が結合している感じである。
生後4ヶ月の子犬のような娘であるからして、許されていると思うが。

この点気になって、先日、
1歳半の男の子がいるとあるアメリカ人ギター奏者に、
どうやってお風呂に入れているのかと尋ねた。
奥さんが基本的に洗ってあげているらしいのだが、
やはりポジション的には、母と息子が結合している体勢になるらしく
しかも、時に息子の息子が1歳半であるに関わらず
変形して身体もビクンビクンと動いたりするらしく
まいっちゃうよ、と嬉しそうに話してくれた。


・昨年3月11日以降ずっともやもやしていた事が
ここにわかりやすく解説がされているように思いました。
貼っておきます。
早川由起夫の火山ブログ

2012年2月15日水曜日

あぁ、、Whitney Houston




昨年の夏頃だったか、よっぽど暇だったと我ながら思うのだが、
ふと、アメリカの国歌を歌わせたら誰が上手いか大会を
Youtubeを徘徊して行ったのだが、
その結果、男性部門ではMarvin Gaye 、
女性部門ではWhitney Houstonが優勝したのだが、
それ以降、Whitney Houstonを聞き直したりして、
彼女の歌声に惚れ惚れしていたのだが、
ただ最近は、かつての声が出なくなってしまっていて、
非常に残念に思っていた矢先の彼女の訃報。
個人的には、タイミング的に、
マイケルジャクソンが亡くなった時よりも
悲しくなった次第。


しかしこのアメリカ国歌、
とにかく盛り上がると言いますか、
こんな風に演奏されると、
よっしゃイラン侵攻するぞーみたいな気持ちにさせられるのですけど。
その点、”君が代”は、たとえWhitneyが歌ったとしても
ごめんなさい、悪かったのは日本国でしたみたいに
なってしまうような気持ちにさせられるのは私だけでしょうか?
因みに、君が代歌自慢大会も昨年の同時期行われていて、
女性部門は天童よしみ、男性部門は秋山雅史が優勝しました。



話題変わって、敦賀明子さんの新しいCDが2月14日に
発売され、そのプロモビデオが公開されたのですが、
そこに私と撮影時生後2ヶ月くらいの娘が
(どさくさに?)飛び入りしております。
ご覧くださいませ。


2012年2月9日木曜日

不惑

戸籍上、2月8日をもって、私、百々徹、
心迷うこと無く自分の行き方に確信もっちゃう年頃になってしまいました。
といっても、不安だらけの私は、
「四十而不惑」
なんて、偉い孔子様だから言えたのではないかと
いう確信だけがあります。
生まれて3ヶ月半のさくらの方が、よっぽど
心迷うこと無く自分の行き方に確信もって、
日々授乳とおもらしをしている気がしております。


下の写真は、自分の誕生日と同日に行ったお食い初めの儀式の図。



2012年2月2日木曜日

今年のNJの冬は妙に暖かい日が続いている。4月くらいにくらいに大雪に見舞われるのではないだろうかと心配している。

親業始めて3ヶ月が過ぎた。
もう長いことさくらのお世話係をしてきたような
気になっていたが、まだ3ヶ月しか過ぎていなかったのかと思う。
2012年はすでに1ヶ月が過ぎたというのにである。
道理で、さくらは、相変わらずおしめをしているわけだ。


最近は、夜7時から10時の間に寝て、朝の5時から8時の間に起きる子になった。
生後まもなくは、寝ても2、3時間だったことを
思えば、ものすごい睡眠量の増加だが、
夜のお仕事をしている私としては、
帰宅してから寝ても、いずれにしても数時間後に起こされるので、
寝不足地獄からは結局解放はされていないのだが。


ストローラーをようやく購入し、今日、宅配されたので、
早速、さくらを連れて買い物に行こうかと企み、
夕方、まずは、試しに家の中でさくらを載せて
グルグルと走りまわっていたら、
さくらは、疲れたのか寝てしまい、
それじゃ、仕方ないので、買い物は諦めて、
おやつでも食べようかとお茶を湧かしていたら、
突然、おもらしして泣き出したので、おやつを中断して、
おしめを取り替えて、おしめを洗い、
7時を過ぎたあたりで、また眠り始めたので、今日はこれで
ゲームセットかと思ったら、
8時くらいにウンチして泣き出したので、
おしめを取り替えて、おしめを洗い、
お風呂でも入れてあげようかと思ったら、
また眠りだし、お風呂を入れる事ができず、
結局ゲームセットになった。


おそらく明日も早朝に起こされ
おしめを取り替え、
おしめを洗い、
おしめを取り替え、
おしめを洗い、
おしめを取り替え、
おしめを洗い、

2012年1月23日月曜日

多くの人とやった後。

『性交する』という意味も持つ『やる』という動詞を、
誰かと『共演する』という動詞にあてた先人は、
物事の本質をよくつかんでいたのだと、敬服する。


私も、アメリカに住み始めた頃、
アメリカ人ミュージシャンと『やる』事に
最上の喜びを感じていた。


英語というハンデを抱えている手前、
『とりあえずさ、会話なんて面倒な事はいいからさ、
やっちゃおうよ!やっちゃえばわかりあえるさ!』みたいな感じであった。


そして、これまで、
実際に一度やっちゃって、長いおつきあいになれた方もいるし、
やってもやっても、分かり合えなかった関係もあったように思う。


(ジャズミュージシャンは、時に、
『やった』人の名前がそのミュージシャンのプロフィールの
一段落を埋める時がある。

通常、『やった』人の事は、
仲間内で武勇伝として語る事はあるかもしれないが、
あまり一般に公開する性質のものではなく、
AV男優は書くのかもしれないが、
あまりプロフィールに書くことでもないと思われる。


ところがジャズミュージシャンの場合、
『やった』人の名前を晒す事は、
なにか、とても重要な事に思われ、しかも『やられて』名前を
出されている人もとっても名誉な事に思っている節がある。

一般の人も、そのミュージシャンの長く書き連ねられた『やった』人リストを見て、
決して『すきもの』『ヤリマン』とは見ずに、尊敬と信頼を注ぐ傾向がある。)


先日、とある方のパーティーで演奏を頼まれた。
この方、歌手好きの不動産会社社長で、
自分の誕生日を、会場を貸しきって、
自分のお気に入りの歌手にやらせて(歌わせて)
祝う企画だった。
そこに集まった歌手の伴奏を、
John Hart (ギター)とCameron Brown(ベース)と『やった』次第。


私もジャズミュージシャンという事になっている手前、
この夜に『やった』人の名前の一部を晒してしまうのだが、
Giacomo Gates, Alexis Cole, Vicki Burns, Emily Braden,
Nancy Harms, Ronny Whyte等と、『やった』のだ。


一晩でこれだけ多くの名うての方と『やった』事は、
もしかすると初めてだったかもしれず、
そこに強い快感を覚えたわけだが、同時に激しい疲労も覚えた。


本当の『すきもの』の辞書には、
『飽き足る』『虚しさを覚える』といった言葉はないのかもしれないが、
私は、やはり草食系男子なのか、
こういう夜を体験した後は、
少し、家に籠って、独りしこしこと『やりたい』(練習したい)と思ったのであった。

(追記)
人が、『あの人のバンドにこの間飛び入りして一緒にやったんだ』
と得意そうにしているのを聞いてねたむ心が芽生える事もある。
飛び入りを英語で”sit (嫉妬)in"と言うのは偶然?

2012年1月14日土曜日

初笑い。

まもなく生後3ヶ月になる小動物は、最近、
人間の手や指に興味が芽生えたらしく、
目の前で色々と手を動かしてあげると笑顔を浮かべていたのだが、
一昨日、突然、声を出して笑ったのだ。
すでに泣き方だけは習得していたこの小動物、
ついに声を出して笑うということも学んだのかもしれない。


そういえばこの娘が産まれた瞬間、
涙もろい私は、てっきり大泣きすると思っていたのだが、
意外にも、この小動物が身体をよじらせて泣いている姿に
どうにもおかしみが湧いて来て愉快になりながら、
写真をとりまくったものだが、
今回の、『初笑い』にはちょっとほろっとさせられてしまった。


(昨日はしかしながら、笑うかと思って、一生懸命、手を色々と
くねらせてみたものの、笑みは浮かべたものの、笑い声は出なかった。
もう飽きてしまったのだろうか。)

2012年1月4日水曜日

正月早々。


1月3日。ドラムの小林陽一さんのレコーディングに参加。
Vincent Herring, Eric Alexander, Yasushi Nakamuraという布陣。
正月早々ジャズっちゃいました。
最近、ニコラスペイトンが、JazzをBlack American Music縮めてBAM
と呼ぼう的な運動をしてますが、それならそれで、
正月早々バムっちゃいました。

ところで英語だとBAMはアとエの中間の音で発音するので
カッコいいかもしれないが、
日本語にするとどうも締まらない感じがするのが難かなと。
(同じ音のJazzは日本語でジャズで良いと思うのだけれど)

バムクラブ。
バム喫茶。
バム評論家。
バム研。
スムースバム。
ムーバ。(業界人ぽく言うと。)
『え、好きな音楽? やっぱりバムかな。大人な雰囲気がするのよね。』
『最近のバムフェスってあまりバムバムしてないよね。』


どうなんでしょう? 慣れの問題?
バームクーヘンは好きなお菓子ですけど。

2012年1月1日日曜日

2011年ー2012年

さくらの飼育係を始めてはや10週間になる。

この小動物は、この世にデビューして以来、母乳しか口にしていなかったが(注)、
最近になって、どうやら自分の手もおいしい事に気づいたらしく、
暇さえあれば、ペロペロとなめまくっている。
また夜の睡眠時間も急に長くなってきて、
ここ4日間、5時間以上、最長7時間15分をマークした。
初めて睡眠7時間越えをした時には、
死んでしまったのかと焦ったものだが、
いつのまにか、飼育係よりも長く眠るようになっている。
かつてはことあるごとにギャーギャー泣いていたのに、
最近はことあるごとにニコニコしてくるので、
ドキドキしてしまう。
この小動物、もしかしてかなりな具合で可愛いんじゃないか、
という気がしないでもなくもない。


毎年毎年、自分の人生がドラマチックになっていっているようでならない。
昨年もめちゃめちゃ色々あったが、今年もめちゃめちゃめちゃ色々な事があった。
2012年もきっとめちゃめちゃめちゃめちゃ色々な事があるのだろう。
怖いし、不安だが、確実に、時間は進んでいくことを
今年出会えたこの小動物の成長を通じて学んでいくことであろう。
懲りずにこの作文を読んでくださっている皆様、よいお年をお迎えください!



(注)さくらは産まれてから母乳しか口にしていなかったが、
とあるが、実際は、男性飼育係の唾液も微量ながら口にしているかもしれない。
こういうことは書かない方がいいのだろう。