2015年12月26日土曜日

今年も大詰め

いよいよ2015年も残す所1週間を切った。

・2015年、自分の仕事のざっと92%は、シンガーの方との
仕事であった。ちょっと数えてみたのだが、今年、共演した歌の方、
少なくとも80人はいた。本当に、自分は歌の方に食べさせて
いただいている感じである。忙しさ、という点で、今年は、
実に忙しい年であった。 仕事が来る、という事は本当に
有り難い事だと思ってます。

・旅の機会も多かった。
米国国内もとより、カナダ、アフリカ、ヨーロッパに、
そうそう、長谷川朗君の結婚パーティーで大阪にも行けた年であった。
 
 ・逆に、自分の音楽をやる事がなかった一年であった。
そもそも最近、自分の音楽とは何か、わからなくなっている。
普段の仕事で様々な音楽に触れて、自分の音楽世界が広がっているのは
確かで、そういう所から、いつか自分が欲する音がみつかれば
いいとは思っているのですが。

・ 幼稚園に通い出して3ヶ月で、娘が、意味不明ながら、英語で
独り言を言うようになってきて、驚かされる。
自分が4歳の時に、レディセットゴー!なんて言った記憶はない。
娘はすでに自分を超えていると思う瞬間だ。

・先日、とあるクリスマスパーティーで演奏の仕事があった。
アパートでの自宅パーティー、2時間だけの演奏という事だけ
知らされていた。場所は、マンハッタンのロウアーウェストエリア。
指定された住所は、オフィスビルであった。
ドアのブザーを押すと、ガードマンが現れ、中に導かれる。
廊下の先の扉をあけると、キッチン付きの部屋。
用意されてあるはずのピアノがなかった。
こぎれいな若い白人男性が多く集まっていた。
一瞬、間違った場所に来たのかと思った。
『あの、パーティーでの演奏で来たのですが。』
『あー、2階に行って。』
と部屋の奥にあった階段を指差された。
その階段、一直線におそらくビルの最上階へ、続いているかのように見えた。
2階にいくと、カワイの小型のグランドピアノがあった。
この仕事をくれたとある女性歌手もいて、
ひとまず安心。

だんだん、パーティー参加者が増えてくる。
皆、20代後半から30代の白人男性。
驚いたのが、女性ゲストの美貌だ。
あらゆる人種がいたが、皆、一様に、モデルのようであった。
男30人、女40人くらいの人数比率であった。

この仕事をくれたとある女性歌手によれば、
パーティー主催者は、超お金持ちらしく、
このビル全体を所有しているとの事。
隣のビルには、Jay Z&ビヨンセが住んでいるとの事。
パーティー参加者の男性達も皆、お金持ちだという。

私は、てっきりこの美しい女性達は、雇われて来ているのかと
思ったのだが、女性歌手にいわせると、皆、
男性陣のガールフレンドだという。

富が美人を惹き付けるのか。
美人が富を惹き付けるのか。

ジャズミュージシャンは、こういうシーンにたまに
紛れ込む事ができて、有り難い経験をできる
有り難い職業だと思う。帰りは、2階の部屋にあった
エレベーターでこの”アパート”から退出した。

2015年11月13日金曜日

最近の事

前回の作文から早くも1ヶ月が過ぎた。
この間に起きた出来事を箇条書きに。

・新居は、相変わらず、片付いていない。
片付ける気がないのか、片付ける時間がないのか。
多分その両方だと思うが、今年中に、片付けられれば
いいかなと思っている。


・Somiの仕事で、米国内をいくつかまわった。
10月に、カルフォルニア、ポートランド、シアトル。
先週は、イリノイ州をまわった。
今年は、これで、旅はおしまいかと。
それにしてもよく旅した年だったと思う。
アフリカも行けたし、ヨーロッパにも行けたし、
大阪にも行ったんだった。(今年も終わり感が出て来た。)


・10月で4歳になった娘、学校に通い始めて2ヶ月が過ぎて、自宅でふと、
"Tomorrow will be Tuesday”とつぶやいた。
おそらく、彼女の最初に、文章で語った英語だ。
自分が4歳だった頃を、完全に超えている。

 ・とある仕事で、マイケルジャクソンの
”Thriller”を演奏する機会があったのだが、
この単語、日本語にないサウンド、
Th, R, Lが組み合わさって、最強に発音しづらい事に気づいた。
この曲を歌った方に、『最高でした。Thri....』と言おうとした途端、
まじで、口が麻痺したのだ。


・ここ最近で、大阪のロイヤルホースの関さん、
滋賀のねこの浜田さんが亡くなられた。
お二人とも、まだこれからというお年であったように思う。
お二人のFacebookのページを見ると、間際まで、
普通に生活されていたようで、人生の幕切れが、
突然訪れた様子が窺えた。
 共に、長年お世話になった方々で、なんとも寂しい限り。
 関さんとは、実現はしなかったのだが、Somiの来日公演の可能性を
協議したこともあった。
 浜田さんは、私がバークリー卒業してまもなく、初めての
帰国公演でお世話になり、それ以来、応援をいただいていた事もあり、
5、6年前に、滋賀でコンサートに呼んで頂いたのにも関わらず、
私のスケジュールが会わずに間際でお断りした経緯があり、
申し訳ない事をした記憶がある。
 このブログ上で言うのもあれですが、心よりお悔やみ申し上げます。 

2015年10月13日火曜日

引越した。

というわけで、引越したのだ。

長年Bronxに住んだ後、2009年3月に
New Jersey州Fort Lee市に引越しした時の
あの心のときめきや興奮は、今回の引越しに関しては
まるでなかった。

新しい場所が、前の場所からほんの30メートル離れた所に
あるという新鮮味のなさもあろう。

なにしろ、住んでいた所の大家が、物件差し押さえになり、
急遽、追い払われるという事態を受け止めるのに精一杯であった。

退去命令が出たのが、1ヶ月前。
ネットで、物件探し。何件かあたって、結局、
ものすごく近い所に、空きが出て、そこをすぐさま押さえた。
先月、私は、出張している事も多く、
妻にかなりの部分を頼った次第で、
実際に新しい物件を自分が見たのは、
引越しの3日前だった。

(新宅、旧宅に比べて多少スペースも大きくなったのだが、
その反面、家賃もだいぶ高くなる。 この部分も
今回の引越しに、あまりときめきがない大きな一因であろうか。)


引越し先が30メートル先という距離感に、
自分達で、引越しできるのでは、
それこそ、歩いて、物を運べるのではないかと思って、
実際、やってみた。
(ピアノ運びは、さすがに業者にお願いしたのだが。)


  新しい物件は、正式の入居日10月1日の4日前に鍵をもらえたので、
9月28日から9月30日の3日に分けて、引越しをした。
 9月30日は、しかし、友人の石崎忍君にお越し願い、
お手伝いをいただいた。

 自分のスマホに、万歩計アプリが入っているのだが、
それによれば9月30日は、なんと10Kmも歩いていた 。
しかも、重い物を持ち上げたり、階段を上り下りする等で、
実に肉体的にハードな作業であった。

(何枚、汗だくになったTシャツを交換した事だろうか!)
(石崎君ありがとう!!)

空になった旧宅を見て、感傷にふける余裕もあまりなかったのだが、
振り返るに、実にドラマの多い、住居であったことには違いない。
さくらの誕生をはじめ、私の人生の転機を体験した場所であったように思う。
 新宅は、果たしてどういう事を体験する場所になるのであろうか。

等と考えている暇はなかった。

疲労困憊して、少しでも睡眠が欲しかったのに関わらず、
10月1日の早朝5時に、さくらが、激しく泣いた。
前日、気温が急激に下がったのも影響してか、
彼女は高熱を出した。
鼻水に咳もひどかった。
病院に行き診察してもらう。
熱ウイルス、まぁ、季節の変わり目に体調を崩す、
よくあるものだった。
これまで、ほとんど熱を出したことのなかった彼女だが、
引越しした翌朝というこのタイミングで、熱を出す事に、
こちらもまいってしまった。

午後は、多少元気になったかに思えたさくらだったが、
夜になると、また咳が出て来た。
この日の夜は大雨が降った。

10月2日の早朝3時。

さくらの咳で、起こされた。
と、同時に、ポタポタという音が隣の部屋から聞こえてきた。
見に行けば、雨漏りしていたのだ。
7カ所くらいから水がこぼれ落ちて来ていた。

コホンコホン(さくら)
ポタポタ(雨漏り)
コホンコホン
ポタポタ。

なんという試練を神は私に与えてくださるのかと、
天を仰いだが、その前に、バケツを用意しなくてはいけなかった。
この家に住むには、いったい何個バケツが必要なのだ??

新しい大家に連絡するは、屋根の修理屋を呼ぶは、
一方で普段の仕事はあるは、
そんなこんなで、未だに、
新宅、ほとんど片付いていない状況。

引越し、簡単ではない事だけは、確かだ。

2015年9月15日火曜日

色々な9月

1)引越し

なんと住んでいた所が、抵当差し押さえにあい、
急遽、引越しを迫られてしまうという自体に。

数年前から、そういう噂は聞いていたのだが、
大家は、大丈夫大丈夫の一点張りで、
リースも更新できていたので、少し、油断していたところも
あったのだが、8月の30日に、銀行側から、
9月いっぱいでの立ち退き命令が来た。

慌てるには慌てたのですが、
なんと、およそ30メートルあたり先の所に、
ちょうどいい物件があり、すぐさま、賃貸契約を交わした次第。
今月の最終週に、歩いて、引越しがはじまる。
すっかり引越し貧乏になりましたが、
これも何かのきっかけ、新しい章の幕開けととらえたいところです。

2)娘が幼稚園児に。

10月で4歳になる娘。ついに、幼稚園生活が9月から始まる。
初日、親と離れるのを嫌がってワンワン泣きわめく子ども達をよそに、
我が娘、そそくさと、先生に手をつれられ、校舎入り口へ。
校舎に入る直前に、こちらに振り向き、手をふったさくら。
泣かない娘。
泣いた私。
英語は、まだ、ほとんどできない娘だが、
幼稚園に通い始めて1週間で、
C'monや、Stop等単語を話しだし、
他の生徒とは、別れ際、ハグしたりと、
私の幼稚園体験とは、また違った世界に触れている娘を
ただただ見守るばかりだ。

3)壊れる物。

どうでもいいが、車のエンジンチェックランプが点灯して、
修理屋に行ったり、ラップトップの充電アダプターが壊れて
新調したり、財布やカバンが破れたり、
ジーンズの膝の部分に穴があいたり、
色々と、物が壊れた9月前半である。

アメリカは、9月が、新しいシーズンの幕開けであるし、
まぁ、そういうことなのか、色々、変化が生じてます。

2015年8月12日水曜日

Somi Europe Tour その12 最後に

帰国の日。

Heathrow空港のチェックインカウンターで
順番を待っている際、通路をどこかで見た事ある人が
通りすぎた。

カルロスサンタナであった。
後ろにギターを抱えた、警備員かマネージャーがいた。

今回のツアー、実に多くのミュージシャンに出会って、
もうかなりお腹がいっぱいだったのだが、
最後の最後に、サンタナが通り過ぎるフィナーレ。
あまりによくできたツアーであった。

今回は、バンドメンバーも贅沢。
ドラムが、最近、Blue Noteレーベルから
リーダーアルバムが出たOtis Brown。

ベースが、パットメセニーのUnityバンドで
演奏してたBen Williams。Columbia Recordsから
2枚目のリーダー作が出たばかり。

ギターが、最近、Somiと同じく、
SonyのOkehレーベルからリーダー作が出た
Nir Felder。

皆、旅慣れたプロ集団である。
演奏の素晴らしさはともかく、
人柄も皆、実によろしい。

もう11年も共に、共演させてもらっている
Somiにとっても、初の夏のヨーロッパ、
ジャズフェスツアーで、実に、実りあった
旅となったのではないだろうか。

私は、この人達の背中にのって、数々のミュージシャンと写真をとったり、
土地土地の美しいものを見たり、おいしいものを食べたりと、
とにもかくにも、すごい充実感でNJ州の家族のもとに
戻った次第。

以上で、今回のツアー思い出日記終了。

Londonにて

Somi Europe Tour その11 ロンドン

ツアー最終日は、ロンドン。
なんとGeorge Bensonの前座。
ラトヴィアからGatwick空港。
そこから車で2時間くらいかかって
Heathrow 空港近くのホテルへ。
例によって、ロンドンの交通渋滞に巻き込まれ、
3時間くらいかかって、会場入り。
予定のサウンドチェック時間に遅れた始末。
ロンドンの車移動はつらい。
なんとか、開演前にサウンドチェックをすます。

演奏した会場:Old Royal Naval College Greenwich

この観客
 前座の我々は、30分の持ち時間を十分に使い切って、
今回のヨーロッパツアーの最後を飾った。

後は、主役のGeorge Bensonの独壇場。
彼のヒットソングのオンパレード。90分ノンストップ。
齢70を超えてらっしゃるに関わらず、
歌もすごいし、ギターもすごいし、実に圧倒された。
いいものを聞いた。見た。

終了後、 George Bensonと写真がとれて感無量。
彼の長年の音楽監督を務める、キーボードの
David Garlandとも写真がとれて、より感無量。

Somiバンドの演奏を聴いていたGeorgeやDavidから
お褒めの言葉をいただき、より一層の感無量。
ツアーの有終の美を飾った飾った。



2015年8月11日火曜日

Somi Europe Tour その10 ラトヴィア

ツアースケジュールを聞いた際、
恥ずかしながら、この国の事を知らなかった。
元ソ連邦だった国だという。

首都のRiga。
時間が限られた中で、ホテルの周りの
Old Townと呼ばれる一角を歩いた。



実に、奇麗な街並。
人も穏やかであった。
唯一、空港からホテルや、演奏会場までの運転をした人が、
屈強そうで人相もいかつい感じの人で、
元KGBなのではないかと、偏見かもしれないが
想像してしまった。

演奏した場所は、海岸にこしらえたステージ。
昼は、25度くらい、温暖であったが、
夜になると、かなり冷え込み、
ストーブをステージ上に炊いての演奏になった。
バルト海、初めて、見ました。





2015年8月6日木曜日

Somi Europe Tour その9 ロンドンの休日

今回のツアーは、ロンドンで、
George Bensonの前座を務めるショーが3日あるはずだった。
ところが、間際になって、2日がキャンセルになって、
エジンバラの翌日から2日間、ロンドンでオフ日を過ごした。

滞在したのが、Gatwick空港近くのホテル。
エジンバラからGatwickに移動した日は
疲れてホテルでゆっくり過ごしたが、
翌日は、SomiがBBCのインタビューがあるというので、
それにBenと共に御伴する。

送迎車が来たのはありがたかったが、
ロンドンの交通事情はかなりひどく、
電車であれば30分〜45分で街に出れるのに、
大渋滞で2時間ドライヴになった。
ロンドンは電車移動、と学ぶ。

インタビュー後は、飯を食べ、
Somiのショッピングにつきあい、
Big BenでBen Williamsと写真をとったり、

夜は、Somiの友人達と夕食。
幾人かNYで知っているミュージシャンにも出会えて楽しかった。
Justin Brownと

SomiとLaura Mvulaと

Michael Olatujaと

帰りも深夜にも関わらず1時間30分くらい車にのって
ホテルに戻った次第。
ロンドンは絶対電車、と学んだ。

Somi Europe Tour その8 エジンバラ


スイスは、例年になく真夏日が続いていて、
ロジャーは、地球温暖化の事を話していた。
次に向かうスコットランドのエジンバラの天気を
ネットで前もって調べてみると、32度と出ていた。

エジンバラに着いてみると、曇り空で肌寒かった。

不審に思い、もう一度ネットで確認してみると、
自分が見ていたのは、テキサス州にあるエジンバラであった。
テキサスにはParisもあるし、あなどれないと思った。
スコットランドのエジンバラは、20度であった。

この街、歴史を感じさせる豪華な建物が多く、
歩いていると、まるでハリーポッターの映画の中にいる気分になった。
京都奈良に通じる古都の風情に私は、なにげに、’
今回のツアーでこの街が一番気に入った。
(冬は寒そうでつらそうだが。)






演奏したところも、もともとは教会だったところを
演奏会場にしたところで、音響もすばらしかった。
観衆も熱心に聞いてくださって充実感があった。


この日で、ギターのNir Felder が、このツアーから離れて
イタリアへ向かう。彼は、実にクールな好青年という感じ。
ツアーの際は、必ず、名所やおいしいレストラン、カフェを
調べていて、時間が許す限り赴く人であった。
ミュンヘンの有名な内装が豪華なビアガーデンに行ったり、
ヘルシンキでは、離れ小島に船に乗っていったり、
彼の行動力には感服した。
彼のインスタグラムには、彼の旅した土地の美しい写真が満載である。


2015年8月4日火曜日

Somi Europe Tour その7 チューリッヒ

Zurichを英語だとズーリックと発音するが、
日本語だとチューリッヒ。
(ドイツのMunichも英語だとミューニックだが、
日本語だとミュンヘン。)

さておき、私には、チューリッヒに、
バークリー時代からの友人が住んでいる。
名はロジャー ルエガー
彼はサックス奏者だが、現在は、チューリッヒにある
音楽事務所で働いている。

もう15、16年前になるが、彼の故郷エンゲルバーグという街の
彼の父親が経営するスキー場のホテルで、一ヶ月
ピアノ演奏という仕事を、彼から頂いた事がある。
(スキーやり放題という状況で、当時、
ピアノの演奏力と反比例するかのように、私のスキー力は向上したのを
覚えている。あの時以来、スキーからは遠ざかっているが。)
以来、メールのやりとりが続いた。
最後に会ったのは、3年程前。
彼がNYに遊びにきた際、生まれてまもなかったさくらに
会いに来てくれた。

そしてようやく、今回、スイスを自分が訪れる機会が舞い降り、
ちょうど、オフ日がモントルーで2日あった旅程であったので、
チューリッヒまで日帰りで行くことにした。

このチューリッヒの一人旅でユニークな事が3件あった。

#1 Aaron  Goldbergに会った。

モントルーからルツェルン、ボン等と馴染みのあるスイスの街を経由して
およそ2時間程で、チューリッヒに到着。
降りたプラットフォームで迎えにきてくれたロジャーに再会。
彼が、『ちょっと、こっちに来てくれ。』
と駅内のカフェに連れて行かれる。
すると、旅行鞄をたずさえたピアノのAaron Goldbergがいた。
彼も、ボストン時代からよく知るピアニスト。
チューリッヒからイタリアへ、電車で移動する直前であった。

実は、彼にはNorth Sea Jazz Fesで出会っていたのだが、
今度は、チューリッヒでまたも遭遇。
彼もロジャーの事をよく知っていて、彼に会おうとして、
このタイミングになったという。
それにしても、ニューヨークにいる時にはあまり会わないのに、
彼に1週間の間に2度も、会うとは、よほど縁があるに違いないと
個人的に思った。

North Sea Jazz FesにてAaron Goldbergと

ZurichでまたもAaronと。左がロジャー。

 #2  Phil Stockliに会う。

 ロジャーとランチをしている際、ロジャーが、
『Phil Stockliを覚えている? 彼もチューリッヒに
住んでいるんだ。』
バークリーの同期で、1997年に制作された
バークリー音楽院が制作したCD 
『summa cum jazz~the best of Berklee College of Music ( Berklee CD/BMG)』
で、私のバンドでアルトサックスを吹いてくれた方である。
聞けば、彼は、現在、精神科医として働いているという。
驚いた。
『電話してみようか。』とロジャー。
すると、ちょうど、彼は、彼の家族とダウンタウンで行われている
フリーマッケットに向かう途中だという。
ランチをしている場所から遠くないCDストアで待ち合わせをしようと
いうことになった。
CDストアに入ると、いました。Phil Stockli。
少なくとも15、6年ぶりの再会。
なんだか貫禄がついて、しかも前髪の減少状況の彼の風貌に
少々驚きを隠せなかったのですが。。。まぁ、皆、年とりますわなぁ。

Phil Stockliと再会

#3 そのCDストアで。

 さらに驚いた事があったのだが、Philと会ったCDストアに
入った時に流れていた音楽が、Somiの”Last Song”だったのだ。
このピアノどこかで聞いたことあるピアノだなぁ、
この歌も何だか良く知っているぞ、えっと、、、、
あぁ、SomiのCDじゃん!、このピアノ、俺じゃん! みたいな。

 それにしても、モントルーからチューリッヒに来て、
たまたまPhilと待ち合わせをしたCDストアで、
ちょうど店内に入った時に、流れていたBGMに
自分がピアノを演奏しているCDが流れているって、
宝くじに当たるくらいの確率ではないだろうか。

私は、すっかり興奮して、お店の店長さんに
話しかけてしまった。あげくに、写真も。





というわけで、このチューリッヒの旅は、個人的に
偶然の妙を味わった、思い出深いものになった次第。
因みに、Somiは、このロジャーがつとめている音楽事務所が
主催のイベントで、チューリッヒで10月に演奏予定。
私が参加できるかはまだ未定だが、もし行けたら、嬉しい。

チューリッヒの風景

2015年8月2日日曜日

Somi Europe Tour その6 モントルー

ポリからスェーデンのストックホルム空港近くのホテルに泊まり、
翌朝、スイスのジュネーヴ空港からバスでモントルーへ。
レマン湖の美しさに息をのんだ。



ストラヴィンスキー像
今年の春に見た、ケープタウンのテーブルマンテンから見た
景色に匹敵するほどの、美しさであった。
ここに住んでいた時期にかのストラヴィンスキー様は、
かの『春の祭典』を書いたらしいのだが、
こういう絶景を眺めながら、どうして、ああいう、
複雑なエグイ曲を書けたのか、実に不思議だ。
私も試しに何か書いて見ようかと思ったが、
何も書けなかった。

この地で、2週間に渡って行われる、
モントルージャズフェス。
モントルー湖畔に露天が並び、
毎晩、多くの人が溢れ、人並みをかきわけながら
会場入り。
モントルージャズフェスで演奏後の写真。





ピアノの人が写ってないですが、演奏中の写真


ここでは、他に、Dhaffer Youssefを聞いた。
チュニジア出身のボーカル&ウード奏者。
聞いて鳥肌が立った人は、今まで何人かいるが、
彼もそのうちの一人になった。
世の中には本当に素晴らしいミュージシャンがいるものだと思った。

Dhaffer Youssefと
他に、テクノを駆使したオーストラリアのバンド
Hiatus Kaiyoteを聞けた。今を感じさせる音楽であった。
出演者役得で、無料で色々な音楽が聴けるジャズフェスは、
本当に楽しいと思えた。

モントルージャズフェス会場


2015年8月1日土曜日

Somi Europe Tour その5 フィンランド

ヘルシンキのホテルに到着したのが、午前2時。
噂の白夜を目撃。夜の11時くらいでも、夕方6時くらいの明るさで、
子供達が、普通に公園で遊んでいたりして、少し面食らう。
今は夏で、夜が2、3時間しかないが、逆に冬は、
昼が2、3時間。ここで、生まれ育つ人の感覚は、
かなり日本人とは違うのだろうなと、想像する。





腹を空かせたバンドメンバーは、ホテル近くにあった
マクドナルドへ。ベジタリアンのSomiも珍しく
マクドナルドで、ベジバーガーを食べる。
とかくマクドナルドは、悪い食べ物の代名詞になっている昨今のアメリカ、
(日本でもそうか。。。)
 皆、どこか、罪深い気持ちで、しかし、ヨーロッパのマックは、
品質がいいのだ、と言い聞かせながら食べた。

翌日、SomiとOtisとで、ジムに行き、
昨夜のバーガーを消費すべく汗を流した。



実は、ポリという街のPori Jazz Festivalで演奏する日の前の3日が
オフ日だった。ジム、街の散策、食事で時間が過ぎた。
 (ヘルシンキで2泊、フィンランド第2の都市、タンペレで、1泊)

フィンランドといえば、白夜、シベリウス、ムーミンくらいしか
思いつかなかった私だが、ヘルシンキで、サイズが小さくで、
さほど感心しなかったが、シベリウス像を、タンペレで、
到着した際に営業時間外で入れなかったが、ムーミン博物館を見つけられて、
私は満足した。




タンペレから車で2時間弱、ポリで、Pori Jazz Festivalで演奏。
3日休みで、本番直前の30分ほどの簡単なサウンドチェックで、
演奏するというのが、指がなまってしまった私には、
少々辛いものがあったが、まぁ、こればかりはしょうがない。




この日は、スタンリークラークバンドや、カイリーミノーグ、
ウェインショーターも演奏していたが、我々は、演奏後、
すぐに移動しなくてはならず、残念ながら、演奏を聴くことはできなかった。

Pori Jazz Festivalは、今年で50年目という歴史あるお祭りだそうだ。
スタッフの方の心配りがよく行き届いていて、7月なのに、涼しい
フィンランドだが、心は暖かくなった次第。

下は、演奏後のバンド写真。

2015年7月30日木曜日

Somi Europe Tour その4 ミュンヘン

オランダ、アムステルダムからドイツ、ミュンヘンに向かう
飛行機には、Billy Harper (ts), Donald Harrison (as, ss),
Eddie Henderson (tp), David Weiss (tp),
 Cecil McBee (b), Billy Hart (dr)の一行がいた。
聞けば、この日に我々が演奏するUnterfahrtというジャズクラブで、
翌日に演奏するとのことだった。

アムステルダム空港でBilly Hart , Billy Harperと写真撮影。
左奥には、白いシャツを着たCecil McBeeも写っている。


ミュンヘンに到着後、直で、
会場入り、サウンドチェックして、
ホテルに向かい、数時間後に会場入りという
慌ただしい日程だったが、
サウンドチェック後


Unterfahrtに集まった観衆の、
真剣に音楽に耳を傾ける雰囲気に触発されて、
いい演奏ができた気がした。
Billy Hartや、David Weissも聞きにきてくれたのが
嬉しかった。

Unterfahrtにて

翌日は、ミュンヘンの街をざっと探索して、
ヘルシンキに向かった。

ミュンヘンの市庁舎

浮遊するリズム隊

2015年7月29日水曜日

Somi Europe Tour その3  North Sea Jazz Festival Part 2


ここ数年、NYに住んでいながら、
あまり出歩いて、ライヴ音楽を聞いていなかった私は、
この機会に、ライヴ見放題という出演者特権を最大限に使って
できるかぎり、見て聞いてまわった。

以下がNorth Sea Jazz Festivalで私が聞いたリスト。
(聞いた順)

Otis Brown
Lizz Wright
Vijay Iyer trio
Tony Bennett & Lady Gaga
Jose James
D'Angelo
Brian Blade & The Fellowship Band
DeeDee Bridgewater & Irvin Mayfield JR.
Ron Carter
Michael Kiwanuka
The Bad Plus Joshua Redman
John Legend

胸焼けがしそうなほど、贅沢な音楽鑑賞の機会を得たように思う。

同じ時間に、ものすごい数のアーティストがバッティングするので、
何を聞くか、ものすごく判断を試されたのだが、
ハンコック&チックコリアDuoと同じ時間帯で演奏していた
Tony&Gagaを私は選んだ。
80を超えて、なお盛んなトニーベネットに感銘し、
90分のショーの7回くらい衣装替えしたガガに私は、
すっかり魅了されてしまった。
どうでもいいが、Gaga&Dodo というタイトル、すごくないですか。
  
会場内で、Jose Jamesバンドでヨーロッパツアー中の
Takeshi Ohbayashi君に出会った。
若く才能溢れるピアニスト。
彼本当に凄いです。

Somiもこういう環境で、初ショーをした次第。
(因みに、Somiの演奏時間帯には、他に、Jamie Cullumや
Wayne Shorterバンドが演奏していました。)
なんだか、ここで、すべて燃え尽きてしまいそうな
ツアー最初の出来事であった。


Somi Europe Tour その2  North Sea Jazz Festival Part 1

噂には聞いていたが、ロッテルダムで今年40年目を迎える、
North Sea Jazz Festivalは、予想以上に、凄い場所であった。
7月10日から12日までの3日間、
 大小無数の演奏会場が設けられた、巨大なコンベンションセンター内で
ぶっちゃけ、想像できる、有名ジャズアーティストが、
ここで、演奏している感じであった。
しかも、カテゴリーの壁なく、
大物ポップスターも数多く出演をしていて、
とんでもない音楽祭りが繰り広げられていた。


アムステル空港の手荷物カウンターで
Brian Bladeや、John Patitucci、
さらに、今回、初めて出会ったのだが、
NYのJazz Galleryを主催してる、リオさんがいて、
彼らと、預けた荷物が出てくるのを待つという、
奇特な経験ができ、ここから、
私のミーハ−魂に一気に火がついた。

Brian Bladeと

John Patittuciと
左、リオ、右、Linda Oh