2010年12月14日火曜日

ダカールツアー その5

Goree Island


ダカール滞在最終日、船で15分のGoree島に観光にいく。

Maison des esclaves(奴隷の館)

この島は、奴隷貿易の拠点のひとつだったという。
今回のSOMIバンドの黒人メンバーにとってはどういう思いだったのか。
白人メンバーはどういう思いだったのか。
この白人黒人の暗い歴史には関与していないと思われる
日本人の私は、ニュートラルでいられて、心理的には救われた思いだ。

ここから船でアメリカやヨーロッパに奴隷が”輸出”されていたという扉。

黒人にとってGoreeは、
ユダヤ人にとってのアウシュビッツのような感じかもしれないが、
とはいえ、この島はかなり観光地化されてはいて、
おみやげを売る方達が多数徘徊していた。
そして彼らは一様によく言えば積極的、
悪く言えば、ずうずうしい。


帰りの船を待つ間、バンドメンバーとカフェでゆっくりしていたら
売り子がどさくさにテーブルにつき、
世間話を始めたかと思うと、
じゃあこのネックレスいるか、この絵欲しいかと
色々かばんからとりだしてテーブルに広げ始める。
英語も達者なこの売り子に、
『お前は日本人か。日本人は買ってくれないから苦手だ。』
と言われたが、
『多分、積極的すぎて、怖くて引いちゃうからだよ。
違うアプローチを考えるべきだ。』
と助言してあげた。
船が来て、勘定の時間になると、そそくさ売り子は立ち去った。
レシートを見ると、頼んでいないスプライトがチャージされている。
確かめると、さっきの売り子が飲んでいたものだった。
結局彼の飲み物代をカバーしてやらないといけなくなっていた。
これって単純に”たかり”という行為なのではないだろうか。


ホテルに戻り、滞在最後の夕食をとりにタクシーで街へ出る。
地元の方に勧められたレストランに行くも、
魚も米も品切れと言われ、最後の食事に寂しい思いをするのもなんだからと
店を変えることにした。
このレストランは、昨晩食べたレストランからさほど離れていなかったので、
じゃあ、そこまで歩こうということになった。
少し暗い通りに入った。
また売り子が近づいてきた。


私は、話かけられて応対するとずっと付いてきてしまうので、
ひたすら無視した。
数人振り切った後、T−シャツを持った男が近づいてきた。
まっすぐ早足で振り切ろうとしていたら、
この男、突然、私の右太ももあたりを両手でつかみ、
ユサユサと揺らすのだ。
歩く足をとめざるを得ず、数秒程、この状況を把握しようと思った。
後ろからタクシーが来ている。
ひょっとして押し出されて車に敷かれるのではないかと思った。
恐怖感が襲ってきた。
すると今回、ツアーに同行してビデオ撮影を担当しているMichaelが
『何やってんだお前。離れろ。』
とこの売り子を押し払ってくれた。
この後、先に歩いていたドラムのSteveも違う売り子に
足をつかまれて、ユサユサされていた。
『何やってんだ。お前も。』
とMichael、再び救出してくれた。
明るい通りに出て、レストランを見つけて避難できた。
(Michaelに感謝。)

まったくもってダカールの売り子には興醒めしてしまう。
あの売り子達がすぐ手を離して立ち去ってくれたのでよかったものの、
殺傷沙汰にでもなったらどうしてくれるか。
ダカール滞在の最終日にケチがついた感じで、
しぶしぶとご飯を食べていたら、
今回のフェスティバルの主催者がSOMIに話しかけにきた。
なんと、明日、セネガル大統領宅で歌ってくれないかという
依頼だった。


どうやら今食べている、ヤッサフィッシュ(セネガル料理)が
滞在最後の食事ではなくなったようだ。

Goree Islandで観光中だった、やはり今回のフェスティバルに参加している、
Living Colourのドラマー、Will Calhoneと。

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