2011年5月29日日曜日

飛行機について。

今、フロリダのJacksonvilleに来ている。
久々に飛行機に乗ったのだが、なんとなく被爆の事を思った。


福島の原発事故が起きてまもない頃、放射線被爆量を何かと、
日本ーNY間の飛行機旅行で受ける被爆量を引き合いに
説明する専門家の方がおられた。
(最近はあまりこういう比較を聞かなくなったが。)


それを思うと、飛行機上で働く労働者というのも
操縦士や、フライトアテンダントという仕事も、原発で働く人達と同様、
一般の人に比べたら、高線量被爆労働者ということになるのだろう。


アジア系やヨーロッパ系の航空会社のフライトアテンダントは、
割と若い女性の方が多かったりする。
しかしこれはもしかすると、
相当な被爆を彼女らに強いていることにならないのだろうか、と
心配してしまう。
本来ならば、鉛のスーツを着て、仕事をしないといけない方々なのでは
ないのだろうか。


最近のニュースを見て学んだ所からすると、
放射線は子供や若い女性に強く悪影響が出るということならば、
こうした航空会社の雇用体制は、問題にされないのだろうか。
しかもだ。
飛行機は、墜落するかもしれないという危険と
常に背中合わせだ。
福島原発並みとは言わないまでも、
かなりな過酷な労働環境のもとで、働いている人達なのだ。


日本では、憧れの職業とされているかと思われる
フライトアテンダントだが、
(その昔、『ステュワーデス物語』というテレビドラマがはやったこともある。)
これは、深読みすると、
大金を投じて、『安全です。』キャンペーンをしてきた東電と同様の
航空会社によるイメージ操作があるのではないだろうか。


その点、アメリカの航空会社のフライトアテンダントは、
割と年配な女性が目立ち、男性も多い。
そのサービスの悪さに不平もあったが、
実は、被爆の被害を受けにくい人達を雇うことによって、
被爆被害を最小限にしようという
理にかなった雇用体制なのではないかと
最近になって思えてきた。


しかし、ここ最近、アメリカの航空会社の中に、
違う方針を取り出した所があり、
今日乗ったJet Blue社においては、
フライトアテンダントは、
若いアジア系と白人の見目麗しい女性2人。
出発前の緊急事態の際のレクチャーは簡素化されてあり、
電子機器の電源を着るようにするアナウンスにいたっては、
『飛行機の電子系統に影響を及ぼす以下の機器の電源をお切りください。
laptop computer, ipod, cellphone, iphone, blackberry, raspberry, strawberry...』
と冗談を交える始末。


安全だから事故は起きない、起きるはずがないとして、
大事故になった東電の事を思うと、
このリラックスした雰囲気、奇麗なフライトアテンダントを擁したこの
航空会社の姿勢に、大いな不安を覚えた私は、
他の乗客の視線に臆することなく、
防護服に着替え、シートベルトを3重に締めて、
内部被爆を受けないように、提供される飲み物やスナックに手をつけるまいと
思ったのだが、実際には
結局、防護服もカバンから取り出す事はしないままに、
(まぁ、もともと持っていないのだが。)
シートベルトにしても、脂肪が気になっているお腹が苦しいので、
ゆるめに締めたまま、
美麗なフライトアテンダントの甘い誘惑に負けて、
コーヒーとチョコレートチップクッキーをしかと頂いて
Jacksonvilleに到着してしまったのであった。

2011年5月26日木曜日

Aino, Aino Uta

ここ最近、体重の増加傾向が見られ、
ミュージシャンは、痩せてないと、
お客様から助けてもらえなくなるという強迫観念から
少しは身体を動かした方がいいと思って、
先月末から週5日ペースで近所を早朝ジョギングしていた。

しかし、無理がたたったか、
先週末から左足首に痛みを感じるようになり、
しばらく走るのはお預けだ。

以前、大阪にお住まいの元体育の先生だった方から、
『運動は身体によくないよ。』
と言われていた事を思い出した。
怪我しては元も子もない。
今日も走らないでいいと思うと、
ぐっすり眠れたりして、目覚めも快適だったりするのだ。


昨日は、ギターの三浦良樹さんに誘われて、Infinite Hope Project CDの
レコーディングに参加してきた。『Aino, Aino Uta』という曲を
世界中のミュージシャンが、色々なバージョンでレコーディングして
CDにして売り上げを赤十字に寄付するというものらしい。
何かしらのお力になれればと。

2011年5月21日土曜日

One Word


NYのAvatar スタジオで、
増尾好秋さんの『被災地支援レコーディング』に参加させていただいた。
増尾さんのOne Wordという曲に、多くのミュージシャンが、
ソロをとっていくというもの。
(あのWe are the worldみたいな感じといいますか。)
普段、大震災を前に、無力感を感じていた自分にとって
何か、力になれるかもしれないという気持ちにさせてくれたというか、
そういう場を提供してくださった増尾さんに感謝。
(写真:プレイバックを聞きながら苦笑する私。
左、Soren Moller 写真右、増尾さん。撮影:常磐武彦さん。)



自分の新しいCD製作も一歩前進。
編集作業をだいたい終了し、
来月あたりミックスダウンができればという段階に入った次第。
内容は、まぁ、30代最後の総決算的なものに
なったかなぁという感じがあり、
自分の未熟さ不勉強さを再確認するところもあり、
また、今後、どれだけ作品を作っていけるかが
勝負なんだろうなぁと心した次第。
今のところ、このCDを、どういう形で発表するのかとか、
ライヴをどうやっていくのかというあたりの所が、
自分の工程表には書かれてないのがなんなのですが。

2011年5月11日水曜日

まずは首筋をウォームアップをしてから写真をご覧くださいませ。



(写真を拡大して回転させる術を知らないばかりに、、すみません。)

目鼻がグジュグジュする季節になってきた。
花粉は、小さな粒子で、
基本的には、放射線物質対策と同様な対策で、
対応すればいいらしい。
外出を控え、外出する時もマスクや帽子をかぶり、
ウインドブレーカーのようなものを着て、
帰宅したら玄関先でそっと脱いで洗濯することがいいらしい。


日本からピアニストの加藤英輔君が来ていて、
オバマ大統領がNY訪問した日に、
チャイナタウンでヤムチャしてリトルイタリーでエスプレッソした。
彼とは付き合いが古く、
(11年前に、彼は当時住んでいた
ブロンクスのアパートに来た事がある。)
住んでいる場所は違うものの、
同年代で、年齢を重ねて、ピアノを弾いて行く者同士、
話に花がさいたわけだが、なんというか
バカ話しかしなかったかもという所も
非常に楽しい時間であった。
元気に頑張っていきたいと思った。

2011年5月5日木曜日

洗浄と投棄とおいしい食事。

ここ最近、家の台所の流しが詰まり、
調理や皿洗いに支障が生じていた。


薬品を流し込んで詰まりを取る策、
配管工を呼んで治してもらう策等が協議されたが、
結局、自分で下水管を分解して掃除してみる策が採用された。


ゴム手袋をして、両腕をまくり、
床にしゃがみこんで、流しのパイプをはずしていく。
すると汚水がこぼれ出す。
ドス黒いヘドロがパイプの中を埋め尽くしていた。
それを、以前に購入してあった、
長く細い柄のついたブラシを通し、洗浄していく。
なんという匂いだ。
自分が腹を壊した時に出す匂いの何千倍レベルと自分の鼻センサーは感知した。
マスクをして行なえばよかったと思ったが、時すでに遅し。
顔を思い切りゆがめて、なるべく呼吸をしないように
ブラシでヘドロをかきだした。
腸洗浄をする方はこんな案配で仕事をするのかと
想像もした。


一通りこすりだした後、パイプを繋ぎ直す。
この後、ネットの情報によれば、水ではなく
熱いお湯を流しこむとあった。
初めは、なかなか流れず、台所にどんどんお湯がたまり、
これは、やはりプロの配管工に頼むしかないかと諦めた頃、、
ボコッ、ボコボコッと音をたて、お湯が見事、配管を流れて行った。
久々に純粋な喜びの感情を覚えた。


しかし、かきだしたヘドロと汚染水の処理に困った。
スーパーのビニール3袋分。
ここ最近ネットで見てきてしまった事に強い影響を受けたのかもしれないが、
近所の住民に内緒で、家の建物の裏側の庭に
やむを得ず投棄してしまった。
多分、汚染水は拡散して、ヘドロもそのうち分解されて、
環境に直ちには問題はないはずだと自分に言い聞かせた。



今、スムーズに料理ができる状況に安堵すると同時に、
幾ばくかの罪の意識に苛まされながら、食事をいただく次第。
もう、鳥の唐揚げを作った後の油を間違えて直で流したり、
腐ってヨーグルトのようになってしまった牛乳を無理矢理流すような事はしないと、
心に誓った。

2011年5月2日月曜日

もう5月になったのねん。

振り返ると、自分の外国生活というのも、
何か困った事がでてきたら、
いつでも帰れるからいいさ、みたいな、
だいぶお気楽なところがあったように思う。
というのも、自分の祖国は永遠に平和でご飯もおいしい
というのが前提だったからだったように思う。
ところが2011年3月11日以降、
その前提が大きく崩された感じだ。

なんというか、
帰れる場所がしっかりとしていれば、
どんなにアウトしてもいい、というような事が
即興演奏のフレージングの基礎だったように思うのだが、
今、その帰れるもとになるルートのハーモニーが
見失われて、ただ、めちゃめちゃに音を出してしまっているような
感じがしている。
いや。この喩えは、なにか違っているかもしれない。
とにかく震災以来、動揺して混乱した自分がいる、ということだ。


2001年9月11日の事件の首謀者とされる人を裁判もせずに、
その息子さんまで一緒に、ぶっ殺して快哉をあげているような
野蛮としかいいようのない国で、自分は、どこまで、
生活していくのかよくわからないのも正直なところである。
祖国の復興を祈ってやまない。


今のところ、今いる場所で、精一杯生き抜こうとは思っている。
とりあえず最近またジョギングを始めたりもした。
うむ、なんだかよくわからない作文になった。