2010年12月27日月曜日

Fort Leeの時計修理屋さん 

4年程使っている腕時計の電池が切れて、
入れ替えをしようかと思ったが、蓋が堅くて開かない。
どこか近くの時計修理屋さんに行こうと、ネットで検索。
車で3分の所に時計修理屋を発見。


電話して、予約をするものかどうかわからず、
とりあえず行ってみようと、時計修理屋のウェブサイトにあった
住所に行き着くと、そこは大きなアパートビルディング。
ロビーにいた警備員に、時計修理屋はどこかと尋ねると、
『そこだよ。』と指をさされた。
指先には、小柄な齢70代の白人男性が玄関付近にいた。


『あのぅ、腕時計の電池を取り替えてもらえますか?』
すると彼は、ちょっとかすれた小声で、
『今から病院に行ってくるんだ。3時間後に来てもらえるかい。』
と言う。



3時間後、再び訪れる。
ロビーにいた警備員に時計屋の部屋を教えてもらう。
そこに向かう長い廊下で、時計屋のご主人とすれ違った。



『あのぅ、3時間前に腕時計の電池取り替えをお願いしにきたものですけど。』
『あぁ、そうだったね。ちょっと買い出しに行ってこなくちゃいけないから
ちょっと待っててもらえる?』
彼の足取りはどこかおぼつかない。
10分ほどして、スーパーマーケットの袋を片手に戻ってきたご主人。
『来なさい。』
と彼の後に着いて行く。


1階の廊下を歩いていくと出てきた、
****Repar Shopの看板。
アパ−トの一室で商売をしているらしい。


ポケットから部屋の鍵を取り出すご主人。
この時、ご主人の右手が細かく震えているのを見てしまった。
ドアを開けると、さらにもうひとつ扉があり、
また違う鍵で開けるご主人の右手の震えは、
一段とひどくなっているように見えた。


自分の腕時計を渡す。
ご主人は、机の引き出しから工具と拡大鏡ゴーグルを取り出した。
『まぁ、そこに座って待っててくれ。』

部屋は、八畳程の広さで、
工具や、昔ながらの置き時計が、
机の上、棚の上に、所狭しと並べられていた。
変な感じだが、時計屋なのに、
ここの部屋の時間は止まってしまっているかのように思えてしまった。
昭和30年代40年代にタイムスリップしたような印象を受けてしまった。



ゴーグルをすっぽりかぶったご主人の作業は、
右手の震えのせいであろうが、非常に遅い。
10分くらい経って、ようやく腕時計の蓋を開けた頃、
誰かが部屋をノックする。
ご主人は応対するのでもなく、そのままにしていた。
すると、鍵を開けたままであったのだろう、
おそらく齢80代か、もしかしたら90代といった白人女性が、
杖をついて入ってきた。


『ちょっとドミトリー!あんたに修理をお願いしてたこの腕時計、
毎日5分づつ遅れるわよ。$50も払ったのに、なんでちゃんと
直してくれなかったの!!』


ドミトリーという名前だったご主人、どこか対応が鈍い。
『うーん、あーそうかい? じゃぁ、見ておくから、
連絡するよ。』
『え?聞こえない?何て行ったの?』
『。。。。。。。』
『何? ドミトリー、あんたいつもオフィスにいないじゃない。
電話しても出ないし。』
『連絡するよ。今、忙しいんだ。』
『え? 聞こえないよ。ちょっとあなた、彼、何て言ったの?』


と女性の矛先が僕に向けられた。
『連絡すると言ってますよ。』
『え?何?』
彼女の耳元に向かって、
『連絡すると言ってますよ!!!』
『ああそう。でもあんた私の連絡先知らないでしょう?
私の連絡先、知ってるの?』


ドミトリーは棚から新しい電池を取り出していた。
彼女の質問に対して無視をしている。


たまりかね、
『ここの紙に電話番号を書いていったらどうでしょう!!!!!?』
と言ってみたら、
『そうね。あのね、私、ここのアパートの住人なのよ。
今日、ベランダでドミトリーが買い物から帰って来たところを見たのよ。
だからこうして来たの。』

『じゃぁ、まぁとりあえず、ここに連絡先を書いておきましょうよ!!!!!!』

『そうね。私ね、ドミトリーの事は昔から知ってるの。
でもね、昔のドミトリーはこんなんじゃなかったのよ。
お互い年をとったわ。あなた、どのくらいここにいるの?
私の時計は彼に$50も払ったのに、毎日5分づつ遅れるのよ。』


電話番号を書いて、立ち去る彼女。


そういえば自分は、ここの部屋にもう20分はいる。
ドミトリーは無言で、蓋を閉じる作業に入っていた。

突然、
『あっ!』
と叫ぶドミトリー。


何か、小さいネジが作業台から床に落ちたようだった。
かがみ込んで懐中電灯を照らしながら床を探るドミトリー。


自分はドミトリーを右手が震えていたのを見た時から、
もしかして間違った選択をしたかもしれないと思っていた。
この時計を買った、NYCのMacy'sの時計修理人の所に行けば
よかったかもしれないと思っていた。


落としたネジが、自分の時計の部品の一部なのか何か、
ドミトリーは何も言わず、床を探す。
そのまま、ただ見ているわけにもいかず、一緒に床を探す自分。
もし、自分の時計の部品をなくしてしまったら、彼は
どう責任をとるのだろう。


結局ネジは見つからなかった。
ドミトリーはそれに関し、何も言わない。
また蓋を閉じる作業を始めた所をみると、
自分の腕時計の部品ではなかったらしい。
それならそれでいいのだが、
彼は何も喋らないので、不安になってしまう。



この部屋に来て30分が過ぎた。
なかなか蓋がはまらない。
震えた手で、全体重をかけながらはめようとするドミトリーの姿が
痛々しいやら、涙が出そうやらであった。
手でははめられないと見たか、
小型プレス器に腕時計を置き、
うーん、うーんとうなりながら蓋をはめようとするドミトリー。
文字盤のガラスに傷がつくのではないか、さらには、
時計が潰されてしまうのではないかと不安になったが、
もう諦めの心境で見守るしかない。


ようやくカチっと蓋がはまる音がした。
この部屋に来てから40分が過ぎていた。

『お待たせ。いい時計だね。』

返された腕時計の針は動き始めていた。
文字盤のガラスに傷もついていなかった。


値段の事が気になった。
さっきの女性が$50払ったという話をしていたので、
けっこう高値を言われるのかと警戒した。

『$5。』


拍子抜けした。
電池交換作業の適正価格というものを知らないが、
安すぎるのではと思ってしまった。


お金を払って、そのまま退室するのもと思い、
少し会話を試みた。

『どのくらいここでこの商売をしているのですか?』
『30年以上になるよ。』
『30年!』
『時代は変わったよ。もう今の人は、時計が壊れたら修理しないで、
すぐ新しいのを買っちゃうし。このアパートのレントも上がってきて、
もう困ったものだよ。』
『そうですか。。。あ、そういえば、あの女性そこに連絡先を残してますよ。』
『知ってるよ。彼女は昔からの知り合いでさ。
ここ最近、毎日のように来ては、ガーガーわめいてくるし。
なんだかうるさくていちいち対応してられないんだ。
昔はあんなんじゃなかったんだよ。
お互い年をとっちゃったね。』


もう返す言葉もなく、
『ありがとう、メリークリスマス。』
と退室した。


帰りの運転中、
今度、電池が切れた時、自分は、また
ドミトリーに交換をお願いしに行くだろうかと思った。
なにより、彼は、電池の切れる数年後、
まだあの部屋で商売をしているのだろうか。
確かめに行きたいような気もするし、
確かめたくないような気もするのだ。

7 件のコメント:

  1. ポール・オースターもまっつ青のクリスマス・ストーリー!

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  2. JUSOさん

    今年も大変お世話になりました!
    来年もよろしくおつきあいくださいませ。
    ポールオースター、今度読んでみます。
    何がお勧めでしょうか。。。

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  3. 原題はAuggie Wren's Christmas Story『スモーク&ブルー・イン・ザ・フェイス』が文庫でhttp://amzn.to/eZ6ZU1 映画『SMOKE』もおすすめ。むしろこっちのほうがキテルhttp://amzn.to/gmxhrN

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  4. いや~、こういう文章は、恐らくボクには書けないでしょうね。
    味わい深く、読ませてもらいました。
    こういう、ちょっとした日常を切り取った話、好きです。

    あっ、ライブ楽しみにしてますので☆

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  5. >JUSOさん
    ありがとうございます。チェックしてみます。

    >いわおさん
    来年、というかもう数ヶ月後、お会いできるの楽しみです。

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  6. はろはろ、しげぞうでございます。

    何かいいお話だよね。
    涙ものだよね。

    でもこれで時計が完璧に直ってなかったら・・・ですね。

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  7. はろはろ、しげぞうさん、

    僕の時計、今のところ、きちんと動いております。

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